あぐり
起業したら高額セミナーへの誘いが・・・
冬の空気は澄み渡り、
未来への不安まで、輪郭をもって迫ってくる季節。
ひとりの三十代女性がいました。
自分の力で生きていくため、
勇気を振り絞って独立起業を決意した人です。
夢を形にしようと、
懸命にうごく日々。
けれど、現実は容赦なく、
集客は思うように伸びず、
預金残高の数字は静かに彼女を追い詰めていく。
「このままではいけない」
そんな焦りが胸を掻き乱す頃、
とあるセミナーの情報が舞い込んできました。
“売上アップの秘訣が学べる――”
藁にもすがる思いで参加したセミナー。
確かに、刺激も情報もあった。
しかし、その後さらに押し寄せるのは
高額なセミナー受講の勧誘。
「ローンを組めば大丈夫。
これさえ学べば、月商100万円はいけます。
そうしたらあっという間に返済できます」
甘く、力強く響く声。
けれど彼女の心は
どこかで静かに告げていた。
――これは違う。
不信と迷いに震えたその夜、
彼女は易に問いを投じました。
卦は、水天需(すいてんじゅ) 上爻。
水天需とは、
“待つ”ことの尊さを教える卦。
天に水が溜まり、
その恵みの雨が
まだ大地へ降り注がない形──
焦っても流れは変えられない。
時が満ちるのを、堂々と待つ叡智。
上爻の爻辞にはこうあります。
「穴に入る。
飾り立てた客が三人やってくる。
これを敬すれば、終わりは吉。」
穴とは、
身を守り、力を蓄える場所。
そこへ現れる“三人の客”とは、
華々しい成功話を囁く人。
手っ取り早い方法を売りつける人。
不安につけ込む人。
今、この女性の前に現れている存在の姿そのもの。
しかし、易はこう告げる。
「拒絶ではなく、敬して遠ざけよ」
感情を荒立てる必要はない。
ぶつかる必要もない。
ただ、心の中心には
正しい灯火を掲げておくこと。
不安の匂いは、
的確に“カモ”を呼び寄せる。
だからこそ、
焦りで財布も未来も差し出してはならない。
本当に必要な投資は、
自分の信念と整合しているものだけ。
借金という鎖で縛られる学びが、
果たしてあなたの翼となるだろうか。
水天需は言う。
運は、待つ者のもとに降る。
信じて備える者に降り注ぐ。
待つことは、あきらめではない。
敗北でもない。
自分の未来を信じる、力強い選択だ。
むやみに流れに飛び込めば、
大河は容易に人を飲み込み、
その夢まで流し去ってしまう。
しかし、時が満ちた大河は、
渡ろうとする者を
向こう岸へ押し上げてくれる。
焦りから出す一歩と、
信念から出す一歩は、
同じ一歩でも
未来への効力がまるで違う。
だからこそ今は、
自分を守り、
小さくとも確かな方法で、
地道に土台を整える時間。
その静かな準備が、
未来に大きな果実を実らせる。
彼女は思った。
「私はただ不安に背中を押されていただけかもしれない」
不安から行動すれば不安しか呼び寄せない。
それなのにあのセミナーの主催者に安心を覚えることがない。
これでは不安の螺旋的倍増だ。
そう気づいた瞬間に
運命はすでに正しい方向へ動き始めている。
易の声は静かに寄り添う。
――焦らずに堂々と待て。
あなたはまだ途中だ。
だからこそ、希望は消えていない。
雨は必ず降る。
芽は必ず伸びる。
時は必ずあなたの味方になる。
その時、彼女は知るだろう。
今日、焦って借金せず、
誇りを守りきった自分を
心から誇れることを――。







