〈阿佐霧峰麿〉痛みの正体が見えた瞬間──心の積み残しという構造 (第二章⑦)
痛みに小さな名前が生まれ、
距離の取り方を覚えはじめた頃、
私はひとつの“構造”に気づきかけていた。
痛みはいつも静かに生まれる。
気づかれないまま、
そっと日常の隙間に置かれていく。
この感覚が形を持ちはじめたのは、
仕事中のある瞬間だった。
運送の現場では、積み込みで
仕事の出来の9割が決まる
と言っても過言ではない。
納品形態、動線、受付時間……
すべてを頭に入れて積むから、
配置のミスは致命的だ。
けれど、どれだけ慎重でも
見落としは起こる。
積み込みを終え、
倉庫を出て一件目へ向かう道中。
張り詰めた緊張がふっと緩んだ瞬間、
胸の奥がひやっとする。
「……積んでないかもしれない」
最後に積むつもりで一旦避けておいた荷物。
その直後、同僚に話しかけられ、つい長話。
気づけば出発の時間。
積みつけ表は“全て検品済み”のチェック。
「よし、大丈夫だ」
そう思い込んだまま、私はトラックを走らせていた。
その“積み残し”を思い出した瞬間、
あの時の情景が次々と立ち上がってくる。
避けた荷物の荷姿。
倉庫の温度。
照明の明るさ。
あの荷物だけが取り残されていた位置。
まるで写真のように鮮明だ。
現実では、時間が押していようと、
戻れる状況なら基本的には倉庫へ戻るしかない。
そのとき、ふと思った。
もしかして心の痛みも、
この構造なのではないか──。
心の痛みは、じつは
「今の出来事」で生まれることのほうが少ない。
言えなかった気持ち。
飲み込んだ不安。
扱えなかった怒り。
割り切ったふりをした寂しさ。
それらは、何年も前の倉庫に
“積み残されたまま”
静かに置き去りになっている。
胸のざらつきも、
理由のない疲労も、
実は“今の問題”ではない。
心がこう告げているサインだ。
「あの日の荷物、まだ載せていませんよ。」
積み残しに気づいた瞬間、
心の中でも同じことが起きる。
置き去りにした感情が眠っている場所の“気配”
がうっすらと立ちのぼる。
そして、積み残しの荷物や倉庫の空気を
思い出せるのと同じように、
「あ、私はここから遅れたんだ」
と分かる。
だから積み残しに気づく瞬間は、
ただ問題が見つかっただけではない。
“戻るべき地点の輪郭が現れる瞬間”
なのだ。
その地点さえ分かれば、
人は初めて回復の起点を持てる。
倉庫へ戻れば荷物を積み直せるように、
心もまた、
置き去りになっていた気持ちを拾い直せばいい。
そうすれば、前へ進む力は必ず戻ってくる。
痛みは、失敗でも後悔でもない。
ただ──
“まだ回収されていない感情” があるだけだ。
そう気づいたとき、
胸の奥で長く曖昧だった重さが、
静かに、はっきりと形を持ちはじめた。
積み残しの場所が見えるようになると、
もう“理由の分からないしんどさ”
に振り回されなくなる。
戻るべき地点が分かれば、
人は必ず回復のルートを見つけられる。
いま胸にある違和感も、
あなたが迎えに行くべき感情が
そっと手を挙げているだけかもしれない。
その小さな合図に気づけたとき、
心は静かに前へ進み始める。
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言葉でも、声でも、対面でも──
その日のあなたに合う距離で。
そっと寄り添える場所として、
ここにいます。
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