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阿佐霧 峰麿

〈阿佐霧峰麿〉言葉が生まれた瞬間、過去の自分がこちらを向いた(第二章⑩)

痛みに名前がつき、

それが積み残しという構造を持ち、

 

さらにその痛みを

“使える”段階に入った頃だった。

 

 

 

胸の奥で、微かに変化が起きはじめていた。

 

 

 

はじめは小さな違和感だった。

 

ただ、何かが動きそうな気配だけがあった。

 

 

だがある日──

私ははっきり気づいた。

 

「過去の自分と、

ようやく話せるようになってきたのかもしれない」と。

 

 

 

 

これまで私は、

痛みを“症状”としてしか扱えなかった

 

 

胸の重さ、疲労感、

言葉にならないざらつき。

 

それらはすべて、

“今の私を困らせる問題”として存在していた。

 

 

 

けれど、積み残しという構造に気づき、

それらに小さな名前がついたことで、

 

痛みは “相手” に変わった

 

 

 

相手がいるなら、

その声を聞くことができる。

 

 

これは、ほんの数か月前までの私には

想像すらできなかった感覚だった。

 

 

 

 

夜、机に向かっていると、

ふと胸の奥で小さな声がした。

 

「本当は、もっと早く気づいてほしかった。」

 

切なさではなく、

責めるでもなく、

 

ただ事実だけを伝えるような、

穏やかな声だった。

 

 

 

それは離婚を決めた頃の私かもしれないし、

 

もっと前の、仕事に追われて

余白をなくした私かもしれない。

 

 

あるいは、誰にも弱さを見せられず

“平気なふり”ばかりしていた

学生の頃の私かもしれない。

 

 

 

過去のどの自分なのかは分からない。

 

けれど、確かにこちらを向いていた。

 

 

 

 

その瞬間、私は理解した。

 

痛みとは、過去の自分が発する

「まだここにいるよ」という合図なのだと。

 

 

 

その声は、

積み残しに気づいた瞬間、

あの日の情景や温度と一緒にふっと立ち上がる。

 

 

だからこそ、初めてこちらへ届く。

 

 

 

 

声が届いたとき、私は静かに悟った。

 

「痛みの中には、誰かがいる。」

 

 

 

“誰か”とは、過去の自分だ。

 

 

置き去りにしてきた自分、

言葉を飲み込んだ自分、

あの時、誰にも助けを求められなかった自分。

 

 

 

言葉が育つということは

 

自分の内側に住んでいる“過去の自分”と

ようやく対話ができるようになるということだった

 

 

この気づきは、私の人生観を大きく変えた。

 

 

 

 

痛みは邪魔ではない

 

ただ、過去の自分がまだ拾われていないだけだ

 

 

その声を聞けるようになると、

心は驚くほど静かに整っていく。

 

 

 

そしてここから先は、

痛みを抱えたまま生きていく技術を学ぶ時間になる。

 

 

 

過去の自分の声が届くようになった今、

私はもう、ひとりではなかった。

 

 

私はそれらをゆっくりと結び直し、

人生のかたちを組み替えはじめていた。

 

 

 

 

この一年で、

私は自分の痛みを「再定義」し、

 

「資源」に変え、

「未来の設計図」をつくりはじめた。

 

 

 

離婚は“終わり”ではなく

新しい人生の“初期設定”になった

 

 

胸の奥で長く行き場を失っていたものが、

ようやく“自分の言葉”として息をし始めた。

 

 

 

その静かな変化は、

確かに私を前へ押し出していた。

 

 

未来へ向かう小さな気流が、

あの夜、たしかに生まれていた。

 

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言葉でも、声でも、対面でも──

その日のあなたに合う距離で。

 

そっと寄り添える場所として、

ここにいます。

 

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