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空馬羽津呂

実録|第一話 壊れる人ほど、ちゃんとしている

実録|第一話 壊れる人ほど、ちゃんとしている

 

その人は、

ドアを閉める音まで静かだった。

 

予約時間の12分前。

 

受付で名前を名乗り、

 

「少し早いですが大丈夫でしょうか」

 

と聞いた。

 

声の大きさも、

姿勢も、

表情も、

 

全部がちょうどいい。

 

座るとき、

カバンを一度持ち上げて、

 

椅子の脚に当たらない位置に置き直した。

 

 

「今日はどうされましたか?」

 

そう聞くと、

少し考えてから答えた。

 

 

「特に困っていることは、ないんです」

 

言い切りだった。

 

仕事は順調。

周囲との関係も良好。

体調も問題ない。

 

 

ただ、

休みの日は予定を入れる。

 

空白があると落ち着かない。

 

夜は、寝る直前までスマホを見る。

 

 

「忙しい方が、安心するので」

 

その言い方も、

どこか申し訳なさそうだった。

 

途中で、

 

「最近、しんどいと感じることはありますか?」

 

と聞いた。

 

 

一瞬、

 

視線が止まった。

 

 

ほんの一瞬。

 

 

 

すぐに、

 

 

「いえ、大丈夫です」

 

と返ってきた。

反射のようだった。

 

 

その後の会話は、

また滑らかに進んだ。

 

言葉は整っていて、

矛盾もなく、

感情の起伏もない。

 

 

ただ、

 

 

「自分の話」だけが

ほとんど出てこない。

 

 

終盤、

こちらが

 

「もし何も気にしなくていいとしたら、

本当は今日は何を話したかったと思いますか」

 

と聞いた。

 

 

少し沈黙があった。

 

 

その人は、

指を重ねたまま、

しばらく動かなかった。

 

 

「……それを考える時間が、なくて」

 

そう言ったあと、

すぐに付け足した。

 

 

「でも、今は大丈夫です」

 

帰り際、

深く頭を下げて、

 

 

「ありがとうございました。助かりました」

 

と言った。

 

 

何が助かったのかは、

言わなかった。

 

 

最後まで、

とてもちゃんとしていた。

 

 


 

この連載では、

壊れる瞬間ではなく、

壊れる前に現れる小さな兆しを記録していきます。

 

大きな事件や、

劇的な変化ではありません。

 

日常の中で、

見過ごされがちな違和感です。

 

誰かを断罪するための話ではなく、

自分の状態をそっと振り返るための材料として

読んでもらえたらと思います。

 

 

※本記事は鑑定現場での観察をもとに構成しています。

※個人が特定される内容は含まれていません。

 

 

 

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