空馬羽津呂
実録|第二話「忙しい」が口癖になったとき
実録|「忙しい」が口癖になったとき
その人は、
席に着くなり、
カレンダーの話を始めた。
今週はここ。
来週はこれ。
月末まで、ほぼ埋まっている。
「ありがたいことに、忙しくて」
そう言って、
少しだけ肩をすくめた。
「休みは取れていますか?」
そう聞くと、
すぐに答えが返ってきた。
「取れてます。
空いてる日も一応あります」
“空いている”
と言いながら、
その日はもう別の話題に移っていた。
話の途中、
何度か「忙しい」という言葉が出た。
忙しいから。
忙しい時期で。
今は忙しくて。
理由としても、
言い訳としても、
説明としても使われる。
どれも、
少しずつ意味が違うのに、
同じ言葉でまとめられていく。
「忙しいのは、嫌いじゃないんです」
そう言ったあと、
少し間があった。
「暇だと、
余計なことを考えてしまうので」
声は軽かった。
鑑定の途中、
予定の話を止めて、
「最近、楽しかったことはありますか」
と聞いた。
少し考えてから、
「……思い出せないですね」
と答えた。
困ったように笑って、
すぐにこう続けた。
「でも、充実はしてます」
その後も、
話題は予定に戻った。
空白を埋める話。
先の話。
動いている証拠の話。
「忙しい」という言葉が、
安心材料のように
何度も置かれていく。
帰り際、
「今日はお時間いただいてすみません」
と言われた。
こちらが時間を出したわけではない。
それでも、
その人は最後まで
急いでいるように見えた。
この連載では、
壊れる瞬間ではなく、
壊れる前に現れる小さな兆しを記録していきます。
忙しさそのものが問題なのではありません。
忙しさを口にする回数が増えたとき、
何が隠れているのか。
日常の中で、
見過ごされがちな違和感です。
誰かを断罪するための話ではなく、
自分の状態をそっと振り返るための材料として
読んでもらえたらと思います。
※本記事は鑑定現場での観察をもとに構成しています。
※個人が特定される内容は含まれていません。







