あぐり
私を理不尽に扱う上司に対して復讐する方法を教えてください・・・
「巨額のレッスン料を事前にせしめた挙句、私を常に無視し続け、仕事を他の人に任せるなど酷い仕打ちをした上司に対して復讐する方法を教えてください。」とのご相談。易を立てたところ、巽為風(そんいふう)三爻 爻辞 頻巽。吝。 (しきりにそんす。りん。)
復讐を問うたとき、易が差し出した鏡
――巽為風・三爻「頻巽。吝。」を読む――
「私を踏みにじった相手に、どう報いればいいのか」。
この問いほど、人の心を消耗させるものはありません。
怒りは正当であり、悲しみも当然です。無視され、金銭を奪われ、仕事の機会を奪われたと感じるなら、その痛みは決して小さくない。人は尊厳を傷つけられたとき、復讐という言葉に救いを求めてしまいます。
その問いを抱えたまま立てた卦が、巽為風・三爻。
爻辞は「頻巽。吝。」
――しきりにへりくだる。吝なり。
巽は風を象徴します。
風は柔らかく、相手に逆らわず、どこにでも入り込みます。調和や順応、謙虚さを意味する美しい象徴です。しかし三爻に至ると、その美徳は歪み始めます。
「頻巽」とは、一度ならず何度もへりくだること。相手に合わせ、顔色をうかがい、自己を削りながら関係を保とうとする姿です。
易は、ここで冷静に告げています。
それは誠実ではない、と。
吝とは、運が悪いという意味ではありません。
本来持っているはずの徳や器を、自ら貧しくしてしまう状態です。尊厳を手放し、主体性を失い、それでもなお「理解されたい」「報われたい」と相手の世界に留まり続ける。二股膏薬のように、どちらにもつかず、結果としてどこからも信頼されない。
重要なのは、この卦が「相手の非」を裁いていないことです。
焦点は一貫して、自分自身の立ち位置に向けられています。
復讐とは何でしょうか。
相手を打ち負かすこと。恥をかかせること。痛みを与えること。
けれど易の視点では、それらは復讐ではありません。ただ、相手の土俵に居座り続ける行為にすぎない。
巽為風・三爻が示す転換点は明確です。
これ以上、へりくだらないこと。
これ以上、理解を乞わないこと。
これ以上、価値を証明しようとしないこと。
それは強がりではなく、回復です。
プライドとは虚勢ではありません。「私はここに立つ」という静かな確信です。
風は、通らない場所では力を失います。
しかし、通るべき場所に移れば、何も主張せずとも自然に流れを生みます。相手を変えようとしないこと。関係を正そうとしないこと。ただ、自分の風向きを変えること。
この卦が教える「反省」とは、自分を責めることではありません。
「なぜ、こんな扱いに耐え続けたのか」と問い直し、
「もう、同じ場所に風を送り続けない」と決めることです。
復讐を考えるほど傷ついた心に、易は静かに告げます。
最大の報復とは、尊厳を取り戻し、相手の世界から降りることだと。
巽為風・三爻。
それは敗北の卦ではありません。
卑屈という仮面を脱ぎ、風として生き直すための、厳しくも誠実な合図なのです。
尊厳を取りもどすとは具体的にどういうことですか?
とても大切な問いです。
「尊厳を取り戻す」とは、感情論でも精神論でもありません。
巽為風・三爻の文脈で言うなら、それは行動と態度を静かに切り替えることです。
まず、尊厳とは「自分の価値を信じ込むこと」ではありません。
価値を主張しなくても、自分の境界線を守ること。それが尊厳の核です。
あなたのケースに即して、易的に具体化します。
これまであなたは、
・無視されても説明を重ねた
・理不尽でも関係を壊さぬよう耐えた
・奪われた対価や機会について、正面から問わなかった
これは善意や忍耐ではありますが、三爻では「頻巽」、つまり過剰な譲歩になります。
尊厳を取り戻す第一歩は、
説明しないことを選ぶことです。
もう一度わかってもらおうとしない。
誠意を証明しようとしない。
誤解を解こうとしない。
理解されない場所で言葉を尽くす行為は、尊厳を削ります。
沈黙は逃避ではなく、「これ以上踏み込ませない」という明確な意思表示です。
次に重要なのは、役割から降りること。
あなたはその上司の期待を満たす人、都合よく使われる人、無視しても離れない人、という役割を背負わされていました。
尊厳を取り戻すとは、その配役を辞退することです。
感情的な決別は不要です。
ただ、行動を変える。
頼まれても即答しない。
不当な条件には応じない。
「それは私の役割ではありません」と淡々と線を引く。
そして三つ目。
自分の時間と労力を、敬意が循環する場所に移すこと。
易は常に「場」を重視します。
人が悪いのではなく、風の通らぬ地形に長く留まったことが問題なのです。
尊厳とは、胸を張る姿勢ではありません。
へりくだらず、敵対せず、媚びず、
「ここにはもう居ない」という選択を、静かに実行すること。
最後に、ひとつだけ大事なことを。
尊厳を取り戻したとき、相手が謝ることも、後悔することも、ほとんどありません。
けれどあなたの内側では、確かな変化が起きます。
「私は、私を粗末に扱う場所に、もう風を送らない。」
それが巽為風・三爻における、
最も現実的で、最も強い「尊厳の回復」です。







