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空馬羽津呂

実録|第三話 限界なのに、前向きなことを言い始める

実録|限界なのに、前向きなことを言い始める

 

その人は、

席に座るなり、

 

「でも、悪いことばかりじゃなくて」

と言った。

 

まだ、

何も聞いていない。

 

その後も仕事の話をしながら、

途中で何度か、

前向きな言葉が挟まった。

 

 

「成長できていると思います」

「勉強にはなっていて」

「今は踏ん張りどきなので」

 

 

どれも、

少し口調が早い。

 

 

「大変ではありませんか?」

 

 

そう聞くと、

首を横に振った。

 

 

「大変ですけど、

前よりはマシです」

 

 

何と比べているのかは、

言わなかった。

 

話が進むにつれて、

内容は少しずつ重くなっていく。

 

責任が増えたこと。

期待されていること。

代わりがいないこと。

 

それでも、

言葉の最後は必ず明るく締められた。

 

 

「ありがたい話なんです」

「選んでもらえているので」

「前向きに捉えています」

 

 

途中で、

 

 

「もし今、

全部止めていいとしたら、

どうしたいですか」

 

 

と聞いた。

 

少し間があった。

 

 

「……止める理由が、ないので」

 

 

そう答えたあと、

すぐにこう続けた。

 

 

「嫌なわけじゃないんです」

 

 

前向きな言葉が増えるほど、

感情の話は減っていった。

 

 

疲れた、

つらい、

しんどい。

 

 

そういう言葉は、

一度も出てこない。

 

 

帰り際、

 

 

「今日は気持ちが整理できました」

 

 

と言われた。

 

何が整理されたのかは、

聞かなかった。

 

 

その人は、

最後まで前向きだった。

 

 

この連載では、

壊れる瞬間ではなく、

壊れる前に現れる小さな兆しを記録していきます。

 

 

前向きであることが、

必ずしも余裕を意味するわけではありません。

 

 

言葉が先に整い始めたとき、

置き去りにされているものがないか。

 

 

日常の中で、

見過ごされがちな違和感です。

 

 

※本記事は鑑定現場での観察をもとに構成しています。

※個人が特定される内容は含まれていません。

 

 

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