構造を持った瞬間、世界が騒がなくなった(第四章②)
振り返ると、あの頃の私は
決して「繊細な人間」だったわけではない。
むしろ逆で、
興味のない言葉は右から左へ流し、
必要だと思わなければ説明もしない。
感情を共有するより、
行動で示すほうが性に合っていた。
それでも──
家庭内別居のような状態に入り、
人生で初めて
「自分の選択が正しいのか分からない」時間を過ごしたとき、
私の中の何かが確実に揺らいだ。
これまでの人生は、
経験則と直感だけで、奇跡的に渡ってきた。
本をひたすらに読み込んだわけでも、
体系的に学んだわけでもない。
それでもなぜか、
要所要所では選択を外さずに済んできた。
──だが、そのやり方が通じない局面が、
人生には確かに存在する。
離婚という選択。
将来の見通し。
年齢という現実。
次にどこへ向かうのかという問い。
それは、
「これまでの延長線」では
まったく答えが出ない問題だった。
そのとき、私ははじめて気づいた。
自分の中に、
判断の“軸”がない…と。
感情で決めるには重すぎる。
勢いで選ぶには遅すぎる。
何より、
「再現性のない他人の判断に、
自分の人生を賭ける気にはなれなかった。」
だから私は、
自分の内側ではなく、
外側に軸を探しに行った。
それが、占いだった。
占いを学びはじめたとき、
私が求めていたのは「当て物」ではない。
救いでも、癒しでもない。
欲しかったのは、
判断のための座標だった。
今は動くべき時期なのか。
待つべきなのか。
選択を変えれば、どんな景色が開くのか。
感情ではなく、
構造として未来を眺めるための地図。
それを手に入れた瞬間、
世界の音量が、少しだけ下がった。
誰かの言葉に、
必要以上に反応しなくなった。
空気の変化に、
過剰に身構えなくなった。
「正しいかどうか」を、
常に気にする必要もなくなった。
なぜなら、
判断基準が自分の外に、
はっきりと存在していたからだ。
それは、責任放棄ではない。
むしろ逆で、
自分の人生に責任を持つための装置だった。
構造を持つということは、
迷わなくなることではない。
迷ったときに、
戻る場所が分かるようになる、ということだ。
感情が揺れたとき、
人間関係がざわついたとき、
未来が不透明に見えたとき。
「今は、そういう流れの中にいる」
そう理解できるだけで、
世界は驚くほど静かになる。
あの頃の私は、
まだ離婚も成立していなかった。
生活も、人間関係も、
完全に整理されたわけではない。
それでも、
自分がどこに立っているのかだけは、
初めて見失わずにいられた。
構造を持った瞬間、
世界は優しくなったわけじゃない。
ただ、
無駄に騒がなくなった。
それだけで、
人はずいぶん遠くまで歩けるのだと、
私はその時、はじめて知った。
—————————————————————
言葉でも、声でも、対面でも──
その日のあなたに合う距離で。
そっと寄り添える場所として、
ここにいます。
—————————————————————
運勢・ブログ更新・待機スケジュールなど、
日々の動きをすべてこちらでお知らせしています。
✦ 対面鑑定(原宿ほしよみ堂 / 毎週土曜日)👈ご予約はこちら
直接向き合いながら、未来の焦点を整える時間。
阿佐霧 峰麿の歩みと、全ブログのアーカイブ。
その日の気持ちをそのまま置ける場所。
(ほぼ毎日待機中|スケジュールはこちら)
※各項目を押すとリンク先に移動できます。







