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唯真伊由

生まれて初めて、生活が崩れた日

第2章|第2話人間関係・役割編

生まれて初めて、生活が崩れた日

常務取締役という肩書きで入社した、結婚相談所。
お給料も、当初提示された額より優遇していただけるという話でした。
役職に見合った責任と、現場でのカウンセラー業務。
「この仕事は合っている」と思える感覚がありました。

けれど、その安心は長く続きませんでした。

約束されていたお給料は、何度も支払いが遅れ、
理由ははっきりせず、説明も曖昧で、待っても状況は変わらない。
現場では会員さんの人生に本気で向き合いながら、
自分の生活は崩れていくという、ちぐはぐな毎日でした。

その頃は、離婚をして生活の責任はすべて自分にありました。
「生きるためのお金」が必要なはずの自分に、
夜遅くまで働いても収入が入らないという現実。

保険の仕事は好きでした。
人と話すことも、人生に触れる仕事も、嫌いではなかった。
ただ、所長という役割は重すぎた。
だからこそ「現場で人と向き合う働き方」に戻れたと思った矢先に、
生活の基盤が揺らいでいきました。

一人で立て直そうとしましたが、
結婚カウンセラーとしての収入だけでは暮らしていけませんでした。
保険代理店での仕事を始めるのは、もう少し後の話です。
困窮が先で、代理店の仕事は“立て直すための手段”として始めました。

家賃。
光熱費。
日用品。
一つひとつの数字が、息苦しいほど現実でした。

生まれて初めて、
「生活ができないかもしれない」と思った日。
見栄でもなく、強がりでもなく、
本当に、どうしようもなかった。

そんな時、
尊敬している“先輩仲人”さんの顔が浮かびました。

一度しか会ったことがなかったのに、
なぜか、その方には話せる気がしたのです。

自分でも説明できない直感でした。
「この方なら」と思えたのは、
うまく言えないけれど、
揺るぎのない安心に似た感覚でした。

思い切って連絡をすると、
その方はこう仰って下さいました。

「人が来ない、静かな場所のほうがいいわね。
 ゆっくり話せるところに行きましょう」

何も事情を伝えていないのに、
“ゆっくり話せる場所”という言葉が返ってきた時点で、
胸がじんわりと温かくなったのを覚えています。

連れて行ってもらったのは、
知り合いが誰も来ないような、
隠れ家のようなカフェ。

私は、いつものように「大丈夫です」とは、
その日は、言えませんでした。

気づけば、涙があふれてきて、
普段なら、会って間もない人に
自分の状況や弱さをさらけ出すことなんてできないのに、
その方の前では、素直に話せました。

「実は、住む場所を探しています」
「仕事は続けたいけれど、生活ができなくて」

話した瞬間、
泣き崩れるほどではないのに、
静かに堰が切れたように涙が落ちました。
あの涙は、弱さではなく、
ひとりで立ち続けていた心が、やっと座った瞬間だったのかもしれません。

先輩仲人さんは、しばらく黙って聞いてくれました。
否定も、励ましも、評価もせず。
ただ、受け止めてくれました。

そして、こう言われたのです。

「実はね、人に貸そうと思って最近マンションを買ってね、
 今リフォームしているの。よかったら、あなたしばらく使ってみない?」

と、思ってもみなかった言葉をかけて下さったのです。
まさか、本当に“住む場所”が差し伸べられるなんて、、、

その瞬間、胸の奥がじわりと熱くなり、
気づけば、また涙があふれていました。

ずっと私は、
「一人で生きていくしかない」と思い込んでいたのだと思います。
けれど、人は本当に、
思いもよらないところで救われることがある。
その事実を、あの日の出来事が教えてくれました。

そして、あの瞬間から少しずつ、
「頼る」「委ねる」という感覚が、
私の中で溶け始めていったのだと思います。

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