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あぐり

「誠実な人ほど損をする職場に、留まる意味はありますか?」

去るべきか、留まるべきか――
風地観・五爻が問いかける「生き方の品位」

特定の仲良しグループにしか情報が共有されない。
声の大きい人、自己主張の強い人、奪い取ることに長けた人だけが得をしていく。
一方で、静かに企画を練り、誠実に仕事を積み上げてきた人ほど、評価されず、置き去りにされていく。

新しい企画も盗まれ奪いとった人の成果として認められてしまう。

それも含めて実力なのだというのが経営者の論理なのだろう。

そのような「古い土の時代」のやり方が残る組織に、このまま留まるべきなのか。こんな人間性を喪失していくような場所に踏みとどまっていいのか?
これは、多くの方が心の中で抱えながらも、なかなか言葉にできない問いではないでしょうか。

この問いに対して易が示したのは、風地観(ふうちかん)・五爻でした。
非常に重みのある爻です。

爻辞は、次のように語っています。

「観我生。君子無咎」
――我が生を観る。君子であれば咎はありません。

ここでいう「我が生」とは、単なる今の立場や状況を指すものではありません。
これまでどのような姿勢で仕事に向き合い、どんな態度で人と関わり、何を大切にしてきたのか。
その人の生き方そのものを意味しています。

五爻は、卦の中でも「尊位」にあたります。
肩書きの有無に関わらず、すでに周囲から「見られる側」に立っている人の位置です。
この爻が出るとき、易は「あなたはもう、影響を与える存在なのですよ」と静かに伝えています。

小象伝には、こう記されています。

「我が生を観るは、民を観るなり」

自分の生き方が正しいかどうかは、周囲の人たちの様子を見れば分かる、という教えです。
言葉や評価ではなく、職場の空気、人々の表情、疲弊の度合い。
誰が声を失い、誰が力を持っているのか。
それらは、その組織が何を価値としているかを映し出す鏡です。

もし、誠実な人ほど沈黙し、奪う人ほど目立っているとしたら、それは偶然ではありません。
その場に流れている思想の結果なのです。

では、そのような場所に留まるべきなのでしょうか。
それとも、去るべきなのでしょうか。

この爻は、簡単な二択の答えを与えてはくれません。
代わりに、私たち自身にこう問いかけてきます。

「あなたは、君子として、そこに在り続けられますか」

自分の品位を保ち、心を濁らせることなく、誠実であり続けられるでしょうか。
それができるのであれば、留まっていても咎はありません。
しかし、留まることで自分が自分でなくなっていくのであれば、その場所はすでに役目を終えています。

風地観・五爻は、無理に耐えることを美徳とはしません。
かといって、衝動的に去ることも勧めてはいません。

ただ一つ、静かに、しかしはっきりと伝えています。

「自分の生き方を裏切らないでください」

どこにいるかよりも、どのように在るか。
去る決断も、留まる覚悟も、どちらも「観我生」です。

胸を張って選べる道こそが、あなたにとっての正しい選択なのだと、
この爻は教えてくれています。

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