あぐり
被害者の論理が支配する組織に、未来はあるのか
――水天需・四爻が告げる「去るべき時」
組織というものは、本来、個々の力を束ね、より大きな仕事を成し遂げるための器である。
情報は共有され、判断は根拠に基づき、感情は制御される。
その循環があってこそ、組織は呼吸するように機能する。
しかし、ある種の組織では、その前提が静かに崩れていく。
競争心と嫉妬心の強い者、被害者意識を抱えた者が、訴えの巧みさだけで上層部へと引き上げられる。
彼らは「傷つけられた」という物語を盾に権限を得るが、その権限は、組織を守るためではなく、自己の感情を満たすために使われる。
必要な情報は共有されず、判断は情動に流される。
正当な根拠は示されず、「気に入らない」という感覚だけで人が排除される。
善意を名乗りながら、組織は徐々に私物化され、全体は静かな機能不全へと沈んでいく。
こうした状況に対し、易を立てると、水天需(すいてんじゅ)四爻が現れることがある。
水天需は「待つ」の卦である。
だがそれは、耐え忍び、従い続けることを意味しない。
むしろ、命を守るための待機、理性を失わないための距離の取り方を示す卦だ。
四爻の爻辞は、こう告げる。
「需于血。出自穴。」
――血に待つ。穴より出づ。
ここでいう「血」とは、争いと犠牲、感情の暴走が極限まで達した場を指す。
理性が通じず、正論が攻撃とみなされ、沈黙すら罪とされる場所。
その場にとどまる限り、誰も無傷ではいられない。
だからこそ、この爻は語る。
戦えとも、正義を叫べとも言わない。
ただ、静かに、しかし明確に言うのだ。
――そこから出よ。
「穴」とは、閉ざされた論理の空間である。
被害者意識が共鳴し合い、互いの正当性を増幅させる閉鎖系。
そこに理性を持ち込んでも、火に油を注ぐだけだ。
水天需・四爻が教えるのは、勇敢な撤退である。
自分の力を消耗させないこと。
感情の渦に近づかないこと。
正しさを証明しようとしないこと。
被害者の論理が支配する組織は、必ず「敵」を必要とする。
そして、その役を最も誠実な者、最も耐える者に押しつける。
この構造を理解しているからこそ、易は言う。
あなたが正しいかどうかより、あなたが生き延びることを優先せよ、と。
歴史を振り返れば、善意による統治が悲劇を生んだ例は少なくない。
虐げられた者を救うという理念が、やがて疑念と排除を正義へと変えていく。
被害者の立場に立つことと、被害者意識で組織を動かすことは、まったく別のものなのだ。
水天需・四爻は、世界を正す役目を、すべての人に与えはしない。
今、その役割はあなたのものではない。
それは無責任ではなく、分を知るという叡智である。
血の匂いが立ち込める場所から、静かに身を引く。
力が正しく使われる場を、時が熟すまで待つ。
それが、この卦の示す、最も誠実で、最も理性的な関わり方だ。
穴から出る。
そして、まだ見ぬ地平へ向かう。
水天需・四爻は、
「ここに未来はない」と告げると同時に、
「あなたの未来は、ここでは終わらない」と、確かに語っている。







