沖倉千座
質問が必要なときと、質問しすぎと言われるとき
一見、矛盾しているフィードバックの正体。
今日の鑑定練習会で、
時間の中ではうまくまとめてお伝えできず、
聞いてくださっていた方を少しモヤっとさせてしまったかもしれない…。
そして、私自身も。
あの場で残った感覚は、
「説明しきれなかった」というより、
まだ整理の途中だった、という感覚でした。
なので、あらためて。
ここでブログとして言葉にしてみたいと思います。
私自身も、この機会に
改めて考え、整理できてよかったと感じています。
そして、この最初のモヤっと感こそが、
実は、鑑定の現場で起きていることと
とてもよく似ている。
言葉にしきれない違和感。
うまく説明できない感覚。
でも、確かにそこにあるもの。
鑑定もまた、
その「まだ言葉になっていない部分」に
一緒に留まる時間なのだと思います。
鑑定練習会を見学されている方から、
このような質問をいただきました。
「状況や言葉の定義を擦り合わせるためには、質問が必要だと言われる一方で
質問が多すぎる、もっと話を聞いてあげてと言われる場面もあります。
これは一体、何が違うのでしょうか?」
たしかに、この二つは
言葉だけを見ると、正反対のことを言われているように感じます。
でも実は、
ここで見られているのは
質問の数ではありません。
違っているのは、
質問がどこを向いているか、です。
状況や言葉の定義を擦り合わせるための質問。
それは、相談者さんの世界に入るための質問です。
その言葉で、何を指しているのか。
どこがいちばんつらいと感じているのか。
いつから、その感覚が続いているのか。
こうした質問は、
占い師が答えを導くためのものではなく、
相談者さんの話を正確に受け取るためのもの。
質問という形をしていますが、
実際にやっていることは
聞きに行っている、という状態です。
だからこの場合、
質問がいくつ重なっても、
相談者さんは置いていかれません。
一方で、
質問が多すぎる。
もっと話を聞いてあげて。
そう言われる場面の質問は、
占い師側の事情に向いていることが多いです。
次に何を聞こうか。
このカードに合う情報はどれだろうか。
話を前に進めなければ。
そんな意識が前に出ると、
質問は、理解するためのものではなく
進めるためのものになります。
すると相談者さんは、
話しているつもりでも、
どこかで
答えさせられている感覚を持ってしまう。
同じ質問でも、
相手の内側へ向かっているのか。
占い師の段取りへ向かっているのか。
ここが、決定的に違います。
だから、
質問が必要、というフィードバックと
質問しすぎ、というフィードバックは
矛盾していません。
むしろ、
質問が少なくても、聞けていないことはあるし、
質問が多くても、ちゃんと聞けていることもある。
という話です。
もうひとつ、大切なのは、
質問したあとの時間です。
質問したら、すぐ次へ行っていないか。
その答えが、場にちゃんと残っているか。
相談者さんの言葉に、
一緒に留まれているか。
質問は、扉をノックする行為であって、
歩かせるための合図ではない。
今日の練習会で生まれた、
あの小さなモヤっと感。
それは失敗ではなく、
整理の入口だったのだと思います。
この整理が、
いろんな角度から鑑定に活かされていったら嬉しいです。
私自身も、
鑑定の場に立ち続けながら、
こうして言葉を見直し、確かめていきたいと思います。







