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阿佐霧 峰麿

なぜ神社は「よりしろ」として機能するのか

神社は、

神様が常にそこにいて

願いを叶えてくれる場所。

 

 

そう思われがちですが、

本来は少し違います。

 

 

 

 

神社は、

神様が住んでいる場所というより、

人が戻ってくるための場所です。

 

 

 

 

このとき使われる言葉が、

「よりしろ」

 

 

 

「よりしろ」とは、

神様そのものではありません。

 

 

 

人が意識を向けたときに、

自分の状態を確かめ直しやすくする

きっかけに近い存在です。

 

 

 

 

だから神社は、何かを願えば

自動的に結果が返ってくる

便利な場所ではありません。

 

 

自分の状態を本来の位置に戻すための

ひとつの区切りとして機能します。

 

 

 

 

 

ここで、

「穢れ」という言葉の話を

しておきます。

 

 

 

穢れと聞くと、

 

汚いもの、

悪い状態、

ダメな自分。

 

 

そういうイメージを

持つ人も多いでしょう。

 

 

でも、もともとの意味は違います。

 

 

 

 

穢れとは、

「気・枯れ」

 

 

 

気が枯れている状態を指します。

 

 

疲れている。

詰まっている。

余裕がない。

本来の自分から

少しズレている。

 

 

それが、穢れた状態です。

 

 

 

つまり、

善悪の話ではありません。

 

 

調子の話です。

 

 

 

 

神社で手を洗い、

口を清めるのも、

 

何かを足すためではありません。

 

 

 

枯れてしまった気を、

いったん落とし、

元の流れに

戻しやすくするためです。

 

 

 

 

だから、神社に行くと

少しスッとする。

 

 

 

それは、神様が何かを

してくれたからではありません。

 

 

 

 

自分の状態が、

少しだけ元に戻ったからです。

 

 

 

 

 

 

ここで、お賽銭の話も

しておきましょう。

 

 

 

お賽銭は、

願いの対価ではありません。

 

 

 

「これだけ出したから、叶えてください」

という取引ではない。

 

 

 

現実的に言えば、

今の神社が

そこに在り続けているのは、

 

これまでの人たちが

少しずつ納めてきたからです。

 

 

掃除をする人がいて、

修繕をする人がいて、

管理をする人がいる。

 

 

その積み重ねで、

今の神社があります。

 

 

 

お賽銭とは、その流れに

参加するという意思表示です。

 

 

 

 

これから先も、この場所が

続いていくように。

 

 

 

自分の後に来る人たちにも

この場が残るように

 

 

その気持ちを、

形として納める行為です。

 

 

 

 

 

だから、一回の参拝で、

五百円以上を納めていく。

 

それくらいが、

ひとつの目安でしょう。

 

 

 

無理をする必要はありません。

 

 

ただ、この神社が必要だ。

これからも続いてほしい

 

 

そう思うなら

それに見合った形で関わる

それだけの話です。

 

 

 

 

 

神社は、

使い捨てる場所ではありません。

 

 

「お願いして、叶わなかったら終わり」

という関係ではない。

 

 

 

関わり続けることで

役割を果たし続ける場です。

 

 

 

 

 

だからこそ、神社は

「よりしろ」として働きます。

 

 

 

 

神様が常駐しているから

ではありません。

 

 

 

人が、自分の状態を

戻しに来るからです。

 

 

 

 

 

 

ここで、ひとつ補足しておきます。

 

「神宮」に参拝する場合は、少し話が変わります。

 

 

神宮とは、伊勢神宮の正式名称です。

 

 

内宮(ないくう)と外宮(げくう)からなり、

内宮には

天照大御神(あまてらすおおみかみ)が、

外宮には

豊受大御神(とようけのおおみかみ)が

祀られています。

 

 

 

ただ、それ以上に大切なのは、

神宮が

誰のための場所なのか、

という点です。

 

 

 

 

一言で言えば、神宮は、

 

天皇陛下が国民の幸せを祈る場所

 

 

 

つまり、個人の願いを

持ち込む場所ではありません。

 

 

 

「誰が、誰に向けて、何を祈る場所なのか」

 

 

 

それを理解していないと、

参拝の姿勢が

ズレてしまうことがあります。

 

 

 

そのため、

神宮に参拝する際は、

自分の願いを並べるよりも、

感謝の気持ちを静かに置く

 

 

あるいは、

天皇陛下のご健康と安寧を祈る

 

 

 

そのくらいの距離感が、

いちばん筋が通っています。

 

 

 

 

 

神社ごとに、役割は違う。

 

 

だから、向き合い方も

同じである必要はありません。

 

 

 

それを知っているだけで、

参拝という行為は、

少しだけ深くなります。

 

 

 

 

 

神社は、

何かを足す場所ではありません。

 

 

枯れた気を落とし、

ズレた位置を外し、

 

元の位置に戻るために、

長い時間をかけて

受け継がれてきた場所です。

 

 

 

 

そう考えると、

参拝の意味も、

お賽銭の意味も、

 

少し違って

見えてくるのではないでしょうか。

 

 

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言葉でも、声でも、対面でも──

その日のあなたに合う距離で。

 

そっと寄り添える場所として、

ここにあります。

 

 

 

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