あぐり
「しっくりこない恋に、無理をしないという選択― 天水訟・二爻に学ぶ恋の知恵」
何度かお会いし、少し心惹かれる男性がいました。
強く惹かれるわけではないけれど、無関心でもない。
ただ、会うたびに、胸の奥に小さな違和感が残る――
そんなご相談でした。
「もう少し会えば分かるかもしれない」
「私の考えすぎなのではないか」
そう思いながらも、どこか噛み合わない感覚が消えない。
恋の入り口で、多くの人が一度は経験する、静かな迷いです。
このご相談に対して易を立てたところ、出た卦は
天水訟(てんすいしょう)・二爻でした。
天水訟は「争い」「訴え」「対立」を象徴する卦です。
一見すると、恋愛相談とは結びつきにくいように思えるかもしれません。
しかし易における「争い」とは、必ずしも声を荒らげる衝突だけを指すものではありません。
むしろ多くの場合、それは心の内側で静かに始まるものです。
「分かり合えるはずだ」
「理解してもらいたい」
「この違和感の正体を確かめたい」
こうした思いもまた、心の中の小さな訴訟なのです。
二爻の爻辞には、次のようにあります。
「訟を克くせず。歸りて逋る。其の邑人三百戸、眚いなし。」
争いを起こしたものの、これは勝てないと悟り、途中で引き返す。
その結果、自分だけでなく、周囲の人々も災いを免れる――
そうした場面を描いています。
この爻が示しているのは、「負けた人」の姿ではありません。
むしろ、状況を正確に見極め、無益な消耗から身を引く賢さです。
二爻は下卦・坎(水)の中にあります。
坎は「険しさ」「不安」「見通しの立たない状況」を象徴します。
つまり、心のどこかで「これは簡単ではない」と感じている状態です。
上にいる九五は、剛健中正。
相手は悪人ではなく、自分なりの軸を持ち、簡単には変わらない存在。
こちらがどれほど思いを尽くしても、力関係や価値観の構造そのものが噛み合わない。
争っても、白黒がつく話ではないのです。
だからこそ二爻は、途中で悟ります。
「これは勝ち負けの問題ではない」
「ここで踏み込めば、自分も周囲も疲弊する」と。
恋愛に置き換えれば、こう読むことができます。
この関係は、努力不足や魅力の有無で決まるものではない。
無理に答えを出そうとすると、
あなたの時間、気力、自己信頼が、少しずつ削られていく。
易は、この関係を否定していません。
「やめなさい」とも言っていません。
ただ静かに、「今は深入りしないことが最善だ」と示しています。
モヤモヤする感覚は、間違いではありません。
それは心が弱いからではなく、
むしろ感受性がきちんと働いている証です。
天水訟・二爻が教えてくれるのは、
引くこともまた、立派な選択であるという知恵です。
距離を取ることは敗北ではありません。
自分を守り、未来の縁を守るための、静かな判断です。
争いを必要としない関係、
無理をしなくても呼吸が合うご縁は、確かに存在します。
この卦は、その縁に向かうための「整えの時」を示しているのです。
今は答えを出さなくていい。
違和感を無理に解釈しなくていい。
ただ、その小さな声を尊重して、一歩引く。
それだけで、あなたの世界は穏やかさを取り戻していきます。
天水訟・二爻は、
自分をすり減らさずに生きるための、深い優しさを持った卦なのです。







