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曽我部 キキョウ

視線と恋愛についての考察 ~見る側と、見られる側と

どこにいても、誰といても

「あれ?見られている」と

感じるときがあります。

 

目は口ほどにものを言うもの。

見るということは、

意思を暗に仄めかす、

あるいははっきりと告げることです。

 

恋愛はかつて、

告白をした時から始まるという

不文律がありました。

 

本当にそうだったのでしょうか。

 

視線を向けるという行為には

もちろん意思が伴います。

ぼんやりと、見えている場合と違い、

見ようとして、見るからです。

 

そこには何らかの選択と

意味付けがあり

ある種の欲望を自覚する

行為でもあります。

 

恋愛における「見る」という行為は

勇気を出して自分が選択し、

相手に働きかけることです。

 

一方の見られる側ですが、

こちらは、見られていると自覚すれば

緊張や居心地の悪さ、

あるいは評価されている感覚を味わうでしょう。

 

同時に、承認されているという

陶酔感もあります。

 

ただし、その陶酔は、

視線が外れると不安へと変化します。

 

恋愛では、見られる側は、

受動的だと言えるかもしれません。

自分で選択したのではなく、

選ばれた状態です。

 

さて、始まりはこのように、

選んだ方が視線を投げかけますが

このとき、主導権は固定されません。

 

なぜなら、視線は時により強く

返ってくるからです。

 

もちろん、逸らすという選択肢もあります。

 

時には、視線の応酬となります。

その瞬間、関係は静かに変質するのです。

 

ところで、恋愛では、

通常、主導権が往復します。

視線も応酬が始まれば

見る側と見られる側は

対等となり、主導権も行き来します。

 

恋愛において、視線は小さな行為ですが

非常に大きな意味を持ちます。

 

始まりが視線であることも

多いでしょうし、

恋愛中でも、相手の視線は気になるもの。

 

しかし、見ることと支配は別ですし、

見られることと、自分の価値は別です。

 

視線はあくまでも視線。

見るか、見ないか。

応じるか、逸らすか。

 

振り回されない、

けれどもおろそかにしない。

 

視線を交わすことができる関係が

対等な恋愛です。

 

視線をどう扱うかで、

恋愛の質は決まります。

 

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