手放したあとに迷うのは、間違っているサインではない
何かを手放したあと、
人はよく迷います。
本当にこれでよかったのか。
戻ったほうが楽なのではないか。
これまで積み上げてきたものを、
自分で崩してしまったのではないか。
そんな感覚が、
静かに浮かんできます。
実は、私にも似た経験があります。
手放した直後、
真っ先に頭に浮かんだのは、
「やっぱり戻ったほうが楽だよな」
という考えでした。
慣れている場所。
勝手が分かっている環境。
積み上げてきた時間。
そこに戻れば、少なくとも不安は減る。
そう思うのは、とても自然な反応です。
でもここで
知っておいてほしいことがあります。
迷うのは、
間違えたからではありません。
環境が変わったとき、
心が元の位置を探そうとする。
ただそれだけのことです。
人は変化よりも、
安定を好む生き物です。
だから新しい場所に立った瞬間、
無意識に
「前のほうがよかったのでは」
と比較を始める。
これは弱さではなく、
正常な働きです。
ただ、少し視点を変えてみると、
もうひとつ見えてくるものがあります。
手放したからといって、
これまでの経験まで消えるわけではない、
ということです。
進み方には、大きく二つあります。
これまでの延長線の上に、
少しずつ積み上げていく人。
そしてもう一つは、
一見まったく違う分野へ進む人。
後者は遠回りに見えるかもしれません。
ですが実際には、
過去と完全に切れていることはほとんどない。
判断の仕方。
人との距離の取り方。
大事にする感覚。
危険を察知する勘。
そうしたものは、
形を変えて新しい場所でも使われています。
自分では気づいていなくても、
核のような部分はちゃんと残っている。
だから人生は、
思っているほど分断されません。
若いうちは、
「あれこれ手を出してしまった」
と感じることもあるでしょう。
ですが年齢を重ねるほど、
不思議なことが起きます。
点だと思っていた経験が、
ある時、線になる。
「あの経験は、このためだったのか」
と気づく瞬間が訪れる。
いわば、伏線の回収です。
だから今、
迷っている人に伝えたい。
手放したあとに揺れるのは、
道を外れたサインではありません。
むしろ、
次の流れに乗り換えるときに起きる
自然な揺れです。
戻れる場所があるなら、
それは強みです。
ですが、
戻らずに立っている今の自分も、
同じくらいちゃんと前に進んでいる。
手放すとは、
過去を捨てることではありません。
持っているものを
形を変えて、
次の場所へ運び直すことです。
迷いがあるからこそ、
人は自分の軸を確かめる。
揺れながらでもいい。
少し不安なままでもいい。
その感覚ごと、前に進んでいます。
あとになって振り返ったとき、
きっと分かるはずです。
あの選択が、
次の扉だったのだと。
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