あぐり
育てた人が去っていくとき ―― 地天泰・二爻が語る「手放す成熟」
せっかく育てた人材が、引き抜かれていく。
時間も心も注ぎ、技術や考え方を丁寧に伝えてきた相手が、ある日ふと、別の場所へ移っていく。その背中を見送るとき、胸に残るのは怒りよりも、むなしさや割り切れなさではないでしょうか。
「自分のやり方が間違っていたのか」
「情が足りなかったのか、条件が弱かったのか」
そんな問いが、静かに心を削っていきます。
この相談に対して立てられた易は、地天泰・二爻。
一見すると、あまりにも穏やかで、問題がないかのような卦です。しかし易は、表面の出来事ではなく、その背後に流れる“位相”を示します。
地天泰とは、「天地が通じ合い、万物が伸びやかに育つ」状態を表す卦です。
天の理想が下にあり、地の現実がそれを受け止め、循環が生まれている。人が育ち、関係が安定し、外から見ても魅力のある場。実は、人材が引き抜かれる組織というのは、多くの場合、この「泰」の条件をすでに満たしています。
育たない場所から、人は奪われません。
育つ場所だからこそ、外から目を付けられる。
この事実をどう受け取るかで、次の一手は大きく変わります。
二爻は、泰の中でも「実務を担う者」「人を育て、内側を整える者」の位置です。
その爻辞は、未熟さを包み、危うい流れを渡り、身内の情に溺れず、中庸を守れと語ります。これは、感情的に引き止めるな、という冷たい助言ではありません。
むしろ易は、こう問いかけています。
――あなたは、育てた人を「自分の成果物」にしていないか。
――人が残ることだけを、成功の証にしていないか。
人は、ある段階まで成長すると、次の水脈を求めます。
それは裏切りではなく、自然な移動です。泰の時代に起こる別れは、衰退ではなく、拡散なのです。
ここで重要なのは、「去る人をどう扱うか」よりも、
去ったあとに何が残るかです。
知恵や技術が、個人の頭の中にだけある組織は、人とともに失われます。
しかし、思想や判断の軸、仕事の作法が「文化」として共有されていれば、人が入れ替わっても、流れは続きます。
地天泰・二爻が示す成熟とは、
「人を囲い込む力」ではなく、
「人が去っても崩れない構造」をつくる力です。
育てた人が羽ばたつとき、寂しさを感じるのは自然なことです。
けれどその寂しさは、あなたが与える側に立った証でもあります。
易は、静かにこう告げています。
もう、守る段階ではない。
流れを信じ、託す段階に来ているのだと。
人が去っても、理念が残る。
理念が残るから、また人が育つ。
その循環を受け入れたとき、泰は一時の幸運ではなく、長い道となって続いていきます。
失われたように見えるものの中に、
実は次の安定の芽が、すでに宿っている。
地天泰・二爻は、そのことを、穏やかで厳しい言葉で教えてくれるのです。







