あぐり
正しい資質とは? 映画「ライトスタッフ」かっこいいとは、こういうことだ!!!
映画「ライトスタッフ」は、アメリカの宇宙開発初期――マーキュリー計画の時代を背景に、「英雄とは何か」「人はなぜ空を越えようとするのか」という根源的な問いを、静かでありながら力強く描いた作品。
原作はトム・ウルフのノンフィクション『The Right Stuff』。監督・脚本はフィリップ・カウフマン。1983年公開の映画だが、その精神はいまなお新鮮な問いを投げかけてくる。
物語の軸には、二つの系譜の男たち。
ひとつは、音速の壁を初めて突破した伝説的テストパイロット、チャック・イェーガー。
もうひとつは、国家の威信を背負い宇宙へと送り出された7人の宇宙飛行士――マーキュリー・セブン。
映画の冒頭で語られるのは、「大空には悪魔が住んでいる」という言葉。
マッハ1、音速の世界。そこには人間を拒む“悪魔の壁”があると信じられていた。音速に近づくと操縦桿は効かなくなり、機体は制御不能に陥る。音速を超えた瞬間に墜落する――そう考えられていた時代、テストパイロットたちはその壁に挑み続けた。
彼らの飛行は、英雄的行為というよりも、徹底した実験だった。
命の保証はない。目的はあくまで、飛行機の性能を試すこと。
年間生存率は75%。一年で4分の1が消え、翌年もまた4分の1が消える。
数年もすれば、多くのテストパイロットはこの世に存在しなくなる。
その過酷な世界で、イェーガーは月給たった238ドルのテストパイロットとして、音速の壁に挑み続ける。
1950年代、米ソ宇宙開発競争が本格化する。
エドワーズ空軍基地――テストパイロットたちが集うその場所に、マーキュリー計画の人材を探すため、二人の政府関係者が送り込まれる。彼らは「世界最高のパイロットに会う約束をしている」と語り、「正しい資質(ライトスタッフ)を持った者」を探しているという。
では、ライトスタッフとは何か。
勇気やヒロイズムといった言葉では、彼らは説明しない。
テストパイロットたちは、それについて語らないのだ。仲間同士の間でさえ、語られない。一番親しい存在である妻にさえ、明かされることはない。
やがて、マーキュリー計画に選ばれた宇宙飛行士たちが登場する。
彼らは時代の要請と政治の波の中で、“宇宙飛行士”という象徴的な役割を背負わされる。しかしその底流には、孤高のテストパイロットたちと同じ、パイロットとしての誇りと気概が確かに流れている。
アメリカは、ユーリ・ガガーリンによる有人宇宙飛行に遅れをとった。
焦り、政治的圧力、世論の期待。その中で宇宙へ向かう男たちは、操縦すら許されず、ほとんど実験装置の一部として扱われる。それでも彼らは逃げない。笑い、家庭を持ち、世間に晒されながら耐え抜く。ここには、英雄の裏側にある、人間としての消耗と尊厳がはっきりと描かれている。
この映画は成功譚ではない。
むしろ、命懸けの困難な状況に身を置くことそのものが、人を鍛え、ライトスタッフを育てるのだと静かに語っているように思える。
「ライトスタッフとは何か」「人として生きるとはどういうことか」。
そして、「かっこいいとは何か」。
最も優れたパイロットは誰か、という問いに対し、ゴードン・クーパーが最後に語るシーンは感慨深い。「最高のパイロットを一人知っている…それは今は失われた店の壁にあった写真に写っている…」
英雄とは何か。
人はなぜ、命を賭してまで前に進むのか。
そして、かっこよく生きるとは、どういうことなのか。
静かな余韻とともに、それらの問いを胸に残してくれる映画である。







