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あぐり

原点に立ち返り神話を繋ぐ日 建国記念日にひらく心の地図

今日は建国記念の日。
それは単に、国家という制度の成立を祝う日ではありません。
むしろこの日は、「私たちは何者であるのか」という問いが、はじめて言葉として結晶した瞬間に、耳を澄ますための日なのだと思います。

建国とは、外に国が立ち上がった出来事であると同時に、内に物語が芽生えた出来事でもありました。
人は土地に住み、血を分け合い、時を重ねるだけでは共同体にはなりません。
「自分たちはどこから来たのか」「何を大切にして生きてきたのか」――その問いに対する物語を共有してはじめて、国は精神的な輪郭を持ち始めます。

『古事記』『日本書紀』が描く神話は、その最も深い層にある答えです。
宇宙創生から始まる日本神話は、人と自然、神と人とを明確に切り分けることなく、連続した世界として語ります。
そこでは、人は孤立した存在ではありません。山も海も、天も地も、同じ大きな呼吸のなかにあります。

初代天皇とされる神武天皇の系譜もまた、象徴に満ちています。
父・ウガヤフキアエズノミコトは、山幸彦である彦火火出見尊と、海神の娘・豊玉姫の御子。
そこには、山と海、意志と感情、秩序と混沌を結ぶ一本の線が引かれています。

神話は血統を誇るための物語ではありません。
むしろそれは、「どのような在り方を理想とするか」を示す心の設計図です。
感情に溺れすぎず、理屈に閉じこもらず、そのあいだに立ち、場を整え、次の一歩を選び取る――
神武東征の物語は、その姿勢そのものを語っているように思えます。

危機における日本神話の特徴は、天岩戸の場面に最も端的に現れています。
太陽神が姿を隠し、世界が闇に沈んだとき、神々は嘆き続けることを選びませんでした。
正論で説得することも、力で引きずり出すこともしなかった。
彼らが行ったのは、集い、場をつくり、音を鳴らし、舞い、笑いを起こすことでした。

天岩戸神話が示しているのは、問題の直接的な解決ではありません。
世界をもう一度「響く状態」に戻すという、きわめて繊細で成熟した危機対応のかたちです。
沈黙を破ったのは言葉ではなく、場の力でした。

フランスの思想家アンドレ・マルローが、日本を訪れるたびに「この民族は滅びない」と語ったという逸話があります。
それは制度や経済への評価ではなく、もっと直感的な理解だったのでしょう。
危機に際し、分断よりも集いを選び、対立よりも響きを生み出そうとする無意識の型。
神話は、その型を民族の深層に刻み込む装置なのです。

神話は過去の物語であると同時に、現在も稼働し続ける精神のOSです。
私たちが困難に直面したとき、なぜか「場を整えよう」とすること。
誰か一人を断罪するより、空気を変えようとすること。
その選択は、意識して学んだものではなく、はるか以前から受け継がれてきた感覚なのかもしれません。

だから今日という日は、遠い理想や未来を思い描くだけでなく、自分自身の来歴へと意識を伸ばすのにふさわしい日です。
家族の記憶、土地の匂い、名もなき先人たちの営み。
それらは個人にとっての「神話」であり、人生の無意識を形づくっています。

月に思いを馳せれば、月の援助がある。
過去に心を向ければ、積み重ねられてきた恩恵が、静かに流れ込んでくる。
未来は、過去と断絶したところには立ち上がりません。
過去と響き合ったとき、はじめて輪郭を帯びて現れてきます。

射手座の月が示す遠い地平と、水瓶座の星々が促す刷新。
そのあいだに立つ今日の私たちは、国家の歴史と、個人の物語とを胸に抱きながら、
自分だけの「次の一歩」を、静かに選び取っていくのです。

建国記念の日とは、国の誕生を祝う日である以前に、
私たち一人ひとりが「どの物語を生きるのか」を、あらためて引き受ける日なのかもしれません。

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