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あぐり

復讐に燃えたぎる心を鎮めるもの… 「トゥーランドット」リューの忍ぶ恋

舞台は、伝説に彩られた中国の宮廷。
そこに君臨するのは、氷のような心を持つ皇女トゥーランドットです。

彼女は求婚者に三つの謎を課し、解けなければ処刑するという残酷な掟を定めていました。王子たちは次々と挑み、そして命を落としていきます。愛は祝福ではなく、死へと通じる門となっていたのです。

その宮廷に現れたのが、名もなき王子カラフでした。彼は彼女の冷酷さを知りながら、それでもなお恋に落ちます。父ティムールと侍女リューが必死に止めるにもかかわらず、カラフは求婚の太鼓を打ち鳴らします。

なぜトゥーランドットはこれほどまでに求婚者を拒み、命を奪い続けるのか。
彼女の胸にあるのは、崇拝するロウ・リン姫の記憶でした。かつてその姫は異国の男に欺かれ、辱めを受け、絶望のうちに命を落としたと語られています。

トゥーランドットはその無念を自らのものとして背負い、すべての男性に復讐することを誓ったのです。

彼女の冷酷さは残忍さではなく、恐怖と怒りが凍りついた結果でした。

しかしカラフは、三つの謎すべてを解き明かしてしまいます。
約束では彼の勝利でした。ところがトゥーランドットはなおも拒絶しようとする。そこでカラフは逆に彼女へ謎を差し出します。

「私の名を当てよ。明日の夜明けまでにそれが分かれば、私は潔く死のう。」

この挑戦によって北京の都は恐怖に包まれます。トゥーランドットの命令は絶対でした。

――今夜は誰も寝てはならぬ。

もし求婚者の名が判明しなければ、市民すべてが処刑される。街は眠ることを禁じられ、人々は暗闇の中で名前を探し続けます。

やがてカラフに仕える侍女リューが捕らえられます。彼女こそが王子の名を知る唯一の人物でした。拷問を受けながらも、彼女は沈黙を守り続けます。

なぜそこまで耐えられるのか。

トゥーランドットが問いかけたとき、リューはただ一つの理由を口にします。
それは――愛でした。

身分も力も持たない彼女が持っていたのは、ただ揺るがぬ想いだけ。カラフを守るため、彼女は自ら命を絶ちます。

この瞬間こそが、『トゥーランドット』の精神的頂点だと言われています。

氷の皇女が初めて目撃したもの。それは恐怖でも権力でもなく、見返りを求めない愛の姿でした。リューの死によって、トゥーランドットの心に走った亀裂は、復讐という鎧に覆われた彼女の内側へと届きます。

プッチーニがリューに特別な音楽を与えたのも偶然ではありません。アリア「王子様、お聞きください」は、華やかな宮廷の中で唯一、人間の魂そのものが歌っているかのような響きを持っています。

そしてもうひとつ、忘れることのできない旋律があります。カラフのアリア「誰も寝てはならぬ」。夜明け前の静寂の中で歌われるその歌は、勝利の宣言でありながら、どこか祈りにも似ています。未来はまだ決まっていない。それでも人は希望を信じ、歌わずにはいられないのです。

興味深いのは、プッチーニがトゥーランドットの心が溶ける場面を書き終える前に亡くなったことです。結末は後世の手によって補筆されました。

これは大胆な仮説かもしれません。けれど――

「氷がどのように溶けるのか」。

その答えを、人間は完全には書き切れないのかもしれません。理性でも、勝利でも、犠牲そのものでもない。人を本当に変えるものは何なのか。

その問いは、いまも舞台の上に静かに残されています。
そして私たち自身の人生へと、そっと差し出されているのです。

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