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あぐり

「自分を許せない夜に ― 沢雷隨二爻が教える『後悔を手放すという選択』」

 

人はときに、自分自身をいちばん厳しく裁く存在になります。
誰かに責められた言葉よりも、心の奥で繰り返される「なぜあの時こうできなかったのか」「もっと違う選択があったはずだ」という声のほうが、長く深く残ることがあるものです。

失敗や後悔を思い出すたびに胸が重くなり、自分を許せない――。そのような状態のとき、易に問いを立てると現れたのが「沢雷隨 二爻」でした。
「隨」とは「従う」という意味を持つ卦です。

しかしそれは、他人に迎合することや、流されて生きることを指しているのではありません。本来は「時の流れ」や「生命の自然な動き」に従うことを意味します。
ところが、自分を責め続けているとき、人は何に従っているのでしょうか。

多くの場合、それは今の現実ではなく、「過去の理想像」や「こうあるべきだったという思い込み」です。すでに終わった出来事を何度も心の中で再生し、そのたびに自分を裁き直してしまう。けれど過去は変えられません。変えられないものに従い続けるほど、心は疲弊していきます。

沢雷隨の二爻には、
「小子を係ぎて、丈夫を失う」
という言葉があります。

象徴的に読むなら、「小さなものにとらわれ、大きなものを失う」という意味です。
ここでいう「小子」とは、未熟な感情や一時的な後悔、小さな恐れの象徴とも読めます。一方の「丈夫」は、本来の自分の力、成熟した判断力、人生を前へ進める大きな視点です。
つまりこの爻は、

「小さな罪悪感に心を縛られ、本来の自分の力を見失ってはいないだろうか」
と静かに問いかけているのです。
自分を責める気持ちは、誠実さの裏返しでもあります。反省できる人だからこそ苦しむ。しかし易は、反省そのものを否定しているわけではありません。

二爻は「中正」の位置にあります。極端に走らず、ちょうど真ん中に立つ場所です。
だから答えは、「全部忘れてしまいなさい」でも、「もっと自分を責め続けなさい」でもありません。

必要な学びは受け取り、残りは手放す。
それがこの爻の示す姿勢です。

もし過去の出来事を思い出したなら、「あの経験から何を学んだのか」を静かに見つめてみる。責めるのではなく、観察するのです。研究者が資料を読むように、自分の反応や選択を見つめる。

心理学の分野でも、過度な自己否定は判断力や行動力を弱めることが知られています。脳は危険を感じるほど萎縮し、新しい選択ができなくなるのです。責め続けることは改善への近道のようでいて、実は同じ場所に留まり続けることにもなりかねません。

沢雷隨二爻は、こう教えています。
小さな後悔に捕まらないこと。
それは過去を軽んじることではなく、未来へ進む準備です。

思い出して苦しくなったとき、「またあの思考が来たな」と気づくだけで十分です。追い払う必要も、無理に忘れようとする必要もありません。
ただ一度、「私はもう学んだ」と心の中でつぶやいてみる。

それは逃げではなく、自分に与える前進の許可です。
随うとは、流されることではありません。生命が前へ進もうとする力に従うことです。
冬の土をゆっくりとほどく春の水のように、人の心にも自然な回復の流れがあります。責める声に耳を澄ませ続けるよりも、芽吹こうとする静かな衝動に気づくこと。

自分を許すとは、甘やかすことではありません。
それは、これからの人生を生きていく自分に責任を持つという、静かな決意なのです。

 

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