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涙は天へ昇る ― モーツァルト「ラクリモサ」に宿る祈り

レクイエム ニ短調 K.626の中でも、とりわけ「ラクリモサ」は特別な響きを持つ部分です。

「ラクリモサ(Lacrimosa)」とはラテン語で「涙の日」。
最後の審判の日に、人が流す涙を歌った章です。

静かに始まり、やがて祈りのように膨らみ、
そして崩れるように沈んでいく――
あの旋律には、ただの悲しみではなく、
人が生きてきた時間そのものが、ひとしずくの涙となって落ちるような感触があります。

特に印象的なのは、この曲が
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの絶筆に近い部分であるということです。
「ラクリモサ」はわずか8小節までしか彼自身によって書かれず、
その後は弟子の フランツ・クサーヴァー・ジュースマイヤー によって補筆されました。

レクイエムを執筆については不思議な逸話が残っています。

ある日モーツァルトの元に黒い服を着た男がやってきて「レクイエムを作曲してください。代金は今半分、完成した際に残りの半分をお渡しします。依頼主の名前は聞かないでください。」というものでした。

多忙ではあったモーツァルトでしたが、経済的な事情からこの依頼を引き受けます。

この時期には「皇帝ティトスの慈悲」「魔笛」「クラリネット協奏曲」も作曲していましたから、到底レクイエムにまで手が回りません。

また再び、あの黒い服の男がレクイエムの催促に訪れます。

疲労困憊した中でモーツァルトの脳裏には「あの黒い服の男はあの世からの使いで、きっと自分は今自分自身のためにレクイエムを書いているのだ」という思いがよぎったのかもしれません。

そしてレクイエムを描き続けた途上でモーツァルトは天に召されます。

そのためか、このラクリモサには
完成された音楽というよりも、
途中で途切れた祈りのような、生々しさが宿っています。

音楽的には、弦のうねりと合唱が重なりながら、
重力のように下へ下へと引かれていく進行。
けれど同時に、どこか天へと差し出される響きもある。

まるで――
「人は地に属しながら、なお天を見上げる存在である」
ということを、そのまま音にしたかのようです。

モーツァルトの白鳥の歌。

最後の審判を迎えた人の頬を伝う涙。

旋律は軽やかで美しい。哀しみをどこまでも深く感じ取ろうとするような響き。

軽やかさの中に、これほどまでに深い哀しみをたたえた旋律は他には見当たらない…。

哀しみをどこまでも繊細に捉え尽くし、それが祈りとなって天へと昇っていくような不思議な感覚。哀しみに溺れることなく、哀しみを慈しむかのように響き渡る旋律に心が震える…。

芸術とは描くも崇高な魂のあり方を示してくれるものかと感じる一曲となるはずです。

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