芽百マミム
いつ終わっても、これでよかったと言える生き方…不安の中で見つける、ほんとうの安心と仏の願い
私たちが思う「幸せ」ってどこか条件つきのものが多い気がします
元気なときだけ笑えること
うまくいっているときだけ安心できること
大切な人がそばにいてくれるときだけ、満たされること
でも、そのどれもが、いつか変わってしまう
体調は崩れることもあるし
人との関係も、思い通りにはいかない
どれだけ大切にしていても
ずっと同じままではいられないのが現実です
だからこそ、ふとした瞬間に不安がよぎります。
「もしこれがなくなったらどうしよう」
「この幸せは、いつまで続くんだろう」
そう思いながら生きている限り
本当の意味で安心することは、なかなかできないでね
幸せは
そうした変わってしまうものによらない安心だとも思います。
元気なときだけの幸せでもなく
都合のいいときだけの安心でもない
どんなときでも、
たとえ思い通りにいかない日でも
心の奥でこれでよかったと言えるような、
ゆるがない安心…
それは、とても遠い理想のように感じる事もあります。
「そんなふうに思える日なんて来るの?」
「今の自分には、まだ無理」
そう思うのも、自然なこと…
でも大切なのは、、
自分の力だけでそこにたどり着こうとしなくていい、ということだと思います。
親鸞聖人は
「人は弱く、迷いながら生きる存在だ」と、はっきり見つめていました。
がんばっても、思い通りにいかないことがある。
正しくあろうとしても、心がついていかないことがある
そんな私たちを、
「それでもいい」と受けとめてくれるはたらきがある、
と教えられたのです。
それが、阿弥陀仏の願い♡
どんな人であっても
どんな過去があっても
どんなに迷っていても、
そのままのあなたでいいから
必ず救う、という大きな願い…
その願いに出会ったとき、
人は少しずつ変わっていきます。
不安が消えるわけではないけれど
不安に飲み込まれなくなる。
完璧になれるわけではないけれど
そのままの自分を責めすぎなくなる。
そしていつか、
「ここまでの人生、これでよかった」
そう静かに思えるようになっていく…
それは、何かを手に入れたからではなく
すでに支えられていたことに気づくから…
生きてきたすべての時間が
無駄ではなかったと思えるから。
「いつ終わっても、悔いはない」
そんなふうに言える生き方は、
特別な人だけのものではなくて
迷いながら、悩みながら、
それでも今日を生きている心の中に
その道はすでに始まっているモノ…♡
無理に強くならなくていい
無理に前向きにならなくていい
ただ、支えられていることに
ほんの少しだけ目を向けてみると
その気づきが、心をやさしくほどき
やがて「これでよかった」と言える未来へと
つながっていきます(*´꒳`*)
装いから開運に導く三姉妹ママの占い師 ❤️新しい発想❤️忍耐力と努力は自分の中にある❤️優しさと思い遣りの違い❤️メガネ👓は最強アイテム❤️原宿ほしよみ堂対面❤️未来を当てるではなく人生を整える発信❤️LINE❤️http://hoshiyomishi.com






