あぐり
依頼された仕事をしたのに、皆の前で叱責されたとき――どう受け止めるか
上司の業務を代わりに引き受けていた際に、ちょっと席を外したら 公衆の面前で酷く叱責されました。確かに私が悪いのですが、あまりの仕打ちに上司を逆恨みしてしまっています。どうしたらいいでしょうか?というご相談。
易を立てたところ、雷択帰妹 上爻。
人はときに、善意ゆえに、自らの領分を越えてしまうものです。
誰かの負担を軽くしたい、役に立ちたいという思いは尊いものですが、その優しさが静かに均衡を崩していくことがあります。今回のご相談は、まさにその繊細な境界に触れています。
上司の業務を引き受けていた最中、わずかに席を外したことで、公衆の面前で厳しく叱責された。確かに過失はあったとしても、その扱いに心が傷つき、やがて相手へのわだかまりへと変わっていく。この流れは、人としてごく自然な感情の動きです。理では割り切れぬものが、心にはあります。
この状況に対して立てられた卦は「雷沢帰妹・上爻」。
この卦は、どこか不自然な関係、順序を踏まずに結ばれた状態、あるいは本来あるべき役割が曖昧になった関係性を象徴します。
帰妹とは「妹が嫁ぐ」ことを意味しますが、それは必ずしも整った結びつきではありません。正規の順序や位置づけを外れた関係、どこかに無理や歪みを含んだ状態を示唆しています。今回のケースに当てはめるならば、本来上司が担うべき責任を、部下であるあなたが肩代わりしていたという構図に、この卦の本質がよく表れています。
さらに上爻は、物事の極まり、行き過ぎ、そして結末を意味します。
つまり、すでにその歪みは限界に達し、何らかの形で露呈する段階にある、ということです。
今回の叱責は、単なる偶発的な出来事ではなく、
積み重なっていた関係の歪みが、表に現れた瞬間と読むことができます。
一見すれば理不尽に感じられる出来事の中にも、構造的な必然が潜んでいる。
易はそのことを静かに指し示します。
とはいえ、「逆恨みしてしまう」というお気持ちは否定されるべきものではありません。
人は、正しさだけでは生きられません。尊厳が傷ついたとき、心は反発し、納得のいかない感情を抱えるものです。その揺らぎを、無理に押し殺す必要はありません。
しかし同時に、この卦は警告します。
この感情にとどまり続けるならば、歪んだ関係の中に自らを縛り続けることになる、と。
怒りや不満を内側で育て続けることは、相手との関係をさらに複雑にし、あなた自身の立ち位置をより曖昧にしてしまいます。
では、どのようにこの状況を整えていけばよいのでしょうか。
雷沢帰妹・上爻が示す道は、きわめて明確です。
それは「自分の位置へと戻ること」。
上司の役割を過剰に引き受けないこと。
自分の責任範囲を見極めること。
善意による越境を手放すこと。
これらは冷たさではなく、むしろ関係を健やかに保つための知恵です。
人は、境界を持ってこそ、真に他者と関わることができます。境界なき優しさは、やがて負担となり、歪みとなって関係を蝕みます。今回の出来事は、そのことを教えるひとつの契機でもあるのでしょう。
また、上司の叱責の仕方が適切であったかどうかは、別の問題として存在します。
公の場で人を責めるという行為は、指導としても配慮を欠くものであり、その点において違和感を覚えるのは当然です。
しかし易は、相手を裁くことよりも、自らの在り方を整えることに重きを置きます。
誰が正しいかではなく、
自分はどこに立つべきか。
その問いに静かに向き合うとき、関係の緊張は次第にほどけていきます。
雷は鳴り、湖は揺れる。
その響きは一見荒々しく、心を乱すものですが、やがて水面は静まり、本来の姿へと戻っていきます。
今回の出来事もまた、壊すためではなく、整えるために訪れた揺らぎだったのかもしれません。上司の理不尽な対応に対してあなたがどう答えるのか、あなたがどんな生き方を持って報いるのか、相手が人間の尊厳を傷つけたからと言って、あなたはそれに同調する必要はありません。
誇りある人間として対峙していきましょう。






