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星 叶夢

星 叶夢(ほし かなむ)
ほしよみ堂大阪梅田店所属

私は、どうしたらええの?⑦ ~あの日、病院で見たもの~

1995年1月17日

阪神・淡路大震災

 

激しい揺れがおさまり

真っ先に思ったのは、

息子は大丈夫?

 

息子がいる新生児室は5階。

私は7階の内科病棟に入院していました。

 

地震の時に、エレベーターは使えません。

私は階段を走りました。

息を切らしながら5階へ行くと、

赤ちゃん達のベッドは少し移動していたようですが、

幸い、何の事故もありませんでした。

 

そこにいた看護師さんは、とても落ち着いていたので、

私の中にあった不安も、少しずつ消えていきました。

 

私は入院中、

いつも本を読んで過ごし、テレビを見ない人です。

でも、あの日だけはテレビカードを買いました。

 

そして、ずっとニュースを見ていました。

テレビに映る光景は、

映画で見た戦後の町のようでした。

炎が上がる町。

燃えていく家。

画面を見ながら、

涙が流れてきました。

 

そして当然、

自宅にいる主人と娘のことも心配になりました。

 

我が家には、

狭い家なのに大きな食器棚がありました。

もし倒れていたら

ガラスが割れて大変なことになっているかもしれない。

怖くて仕方ありませんでした。

 

主人とようやく連絡が取れました。

すると――

階段に積んであった新聞紙の山が、少し崩れただけ。

 

嘘みたいな話ですが、

家の中には、ほとんど被害がなかったのです。

 

本当に、それだけでも救いでした。

 

主人はその後の余震を心配して、

洋服を着たまま、

靴もすぐ履ける場所に置き、

娘と二人で夜を過ごしたそうです。

 

ロープも用意していました。

退院してから、そのロープを見たのですが、

細い。

 

何に使うつもりだったの?(笑)

 

そんな震災の中でも、息子は元気でした。

2,250gで生まれた小さな息子。

医師からは、

2,500gになるまでには時間がかかる

と言われていました。

 

ところが、

あっという間に2,500gを超えました。

 

今度は別の心配が

 

息子だけ先に退院することになったら、どうしよう。

 

私はまだ内科に入院しています。

授乳室へ行くたびに、

看護師さんから、

「星さん、退院はいつ?」

と聞かれました。

 

私は、

息子と離れることが心配で仕方なかった。

 

だから、その言葉が

責められているように聞こえ

憂鬱になっていたのです。

 

12月31日生まれ

主人は正月休みだったので、

娘を連れて、毎日のように面会に来ました。

 

娘の顔を見られるのは嬉しい。

でも――

私は、ゆっくりベッドで休みたかった(笑)

 

そして主人は、

出産に間に合わなかったため、

まだ息子を抱いていませんでした。

 

私は看護師さんがいない時に、

授乳室からこっそり息子の顔を見せていました。

見つかったら怒られるかもしれない。

ちょっとしたスリルです(笑)

 

何日かして、

看護師さんから、

「そういえば星さん、ご主人、出産に間に合わなかったから、まだ赤ちゃんに会ってないよね?」

と聞かれました。

「はい。」

そう答えると、

ちゃんと主人が息子を抱ける時間を作ってくれました。

 

初めて息子を抱いた主人。

その顔は、

本当に、とろけそうなほど嬉しそうでした。

 

実は、出産の前に

私は、まだ5歳だった娘に話をしていました。

 

「お母さんは、死んじゃうかもしれないの」

「そしたら、あなたが赤ちゃんのことを見てあげてね」

 

どこまで意味が分かっていたのかは、

分かりません。

 

幼い子供にする話しでもなかったようにも思いました。

 

でも、

しっかり私の話を聞いていたように思います。

 

一方、主人は――

「大丈夫や、大丈夫や。」

聞く耳を持ちませんでした。

 

 

私はずっと、

「私は大丈夫」

そう思って、

なんとかしようと動いてきました。

 

でも主人の、

「大丈夫や」

は、言葉だけ。

 

言うだけなら、簡単やねん。

 

ほしよみ堂大阪梅田店  星 叶夢

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