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忍野叶眞

占い師の私が、占いを怖いものにしたくない理由

私が占いの勉強に深く取り組むようになったきっかけは、
映像ディレクターをしていた27歳の頃でした。
当時、私は雑誌の占い特集で紹介される占い師の女性と付き合っていました。
彼女と出会う前の私は、テレビで知った六星占術の本を読む程度。
占いについて、特別な知識があったわけではありません。
当時の私にとって占いは、
「世の中には、こういう物事の見方もあるんだな」
という程度のものでした。
興味はある。
でも、自分から深く知ろうとするほどではない。
そんな距離感だったんです。

もちろん、占い師という存在にも、
どこか不思議なイメージを持っていました。
自分には理解できない力を持った人。
自分の周りには全くいない存在でした。
正直に言えば、当時の私にとって占い師は、
ジブリに出てくる「魔女」のような存在に近かったかもしれません。

実際の彼女は、とても優しくて、
スラッとした黒髪の綺麗なお姉さんでした。
だからこそ、余計に惹かれたのかもしれません。
普段の自分が知らない世界を知っている。
自分には見えていないものを見ている。
そんな未知の世界を持っていることが、
なんだか面白かったんですよね。

しかも、彼女とは占いの館で知り合ったわけではありません。
友人の友人という自然な流れで知り合ったので、
最初から私を占っていたわけでもありませんでした。
むしろ彼女は、私を初めて占いの館へ連れて行ってくれたり、
「占いって楽しいでしょ」
と言いながら、デートの中で私の手を引いて、
占いの世界を案内してくれるような人でした。

そこから私は、彼女と一緒にいろいろな占いを体験するようになりました。
狭いブースの中で鑑定を受けたり、
街にある少し大きな占いの館へ行ったり、
個人で事務所を構えて活動している先生のところへ行ったり。
彼女が所属していた占いの館の先生に見てもらうこともありました。
当時の私は、自分の未来について明るく希望の持てる言葉をいただくことが多く、
「占いって、すごいな……」と素直に感じていました。

最初は少し怪しくて、不思議な世界だと思っていた占いが、
いつの間にか、
刺激や発見を与えてくれるワクワクするものに変わっていったんです。
そんな中で彼女の師匠に鑑定していただく機会がありました。
そこで今でも印象に残っている言葉を言われました。
「実は、占い師の彼女よりあなたの方が霊感が強いわよ」
当時の私は、霊の存在を信じていたわけでもありません。
何かが見えた経験があるわけでもない。
だから、かなり驚きました。
その先生は、そこで「霊感」という言葉についても話してくれました。
占いの世界では、
必ずしも特別なものが見える能力だけを「霊感」と呼ぶわけではない。
人の変化や本質を感じ取る力、
人間観察力の鋭さなども、広い意味で「霊感」と表現することがあるそうです。

ちなみに、なぜそんなことを言われたのかは、
後になって自分で占いを学ぶようになってから理解しました。
おそらく、私の六十干支が「辛巳」だったからだと思います。
当時の私は、そんなことすら知りません。
でも、本格的に占いに取り組んでいる人たちから、
こうして占いの考え方や、その奥にあるものを教えてもらううちに、
「占いって、いったい何なんだろう?」
と、より深く興味を持つようになっていったんです。
さまざまな占術があることを知り、タロットカードの奥深さにも触れ、
日々の出来事を占いという視点から見る面白さも感じるようになっていました。

ところが、彼女との付き合いが長くなるにつれて、
当然、考え方の違いから喧嘩をすることも増えていきました。
今振り返れば、恋人同士なら誰にでもあるような、
価値観の違いや小さなすれ違いです。

そんな喧嘩の最中に、彼女が真剣な顔で私に言いました。
「私の薬指の付け根に、以前はなかったホクロができた。
これが原因で私たちは喧嘩をするんだと思う」
私は驚きました。

普通なら、喧嘩の原因って、
自分たちの中にあるものですよね。
「さっきの言い方が嫌だった」
「こういうところが合わない」
「私はこう思うけど、あなたはどう思う?」
そんなふうに、お互いの考えや価値観を話しながら、
少しずつ歩み寄っていくものだと思っていました。
ところが彼女は、
「薬指の付け根にホクロができたから、私たちは喧嘩をするんだ」
と言う。
私からすると、
「え? そこなの?」
という話なんですよね。
喧嘩の原因が、自分たちの言葉や行動ではなく、身体にできたホクロにある。
それがどういう理屈なのか、当時の私にはまったく理解できませんでした。
なぜと聞いても、私にわかるようには答えてくれない状況でした。
もちろん、彼女は彼女なりに占いの世界から物事を見ていたんだと思います。
でも、ここで初めて私は、
「占いを知っている人と、占いを知らない人では、
同じ出来事を見ても、こんなに世界の見え方が違うんだ」
と感じたんです。

そして、その頃から彼女は私自身のことも占うようになりました。
すると、同じ占術で、
それまでに別の占い師から言われていたこととは
違う未来を告げられるようになったんです。

友人関係については、
「この人とは何歳までは仲良くできるけれど、5年後には縁が切れる」
仕事についても、
「この人と縁が切れると、今の仕事が一切できなくなる」
そんなことを言われたりしました。
ここで言われた特定の人物は、
別に当時の仕事においてキーマンでも何でもない人だったりもしたんです。
私は、また戸惑いました。

何が何だか、全く理解できない予言だったんです。
「なぜ?」という疑問しか浮かばない。
その人との関係がどうなれば、仕事ができなくなるのか。
そもそも、なぜ数年後に縁が切れると言い切れるのか。
聞きたいことはいくらでもありました。
だから私は、
「じゃあ、どうしたらいいの?」
と聞きました。
ところが、そこから先の話がありませんでした。

未来については言われる。
でも、その未来に対して、自分がどうすればいいのかは分からない。
ましてや縁が切れてしまうトラブルが起こる原因も謎のまま。
私は、そこに一番戸惑ったんです。
占いを知らなかった私からすると、
「未来を教えてもらったところで、それをどうすればいいんだろう?」
という話でした。
そして、ここから少しずつ、占いに対する感覚が変わっていきました。

それまでの私は、
「占いって面白いな」
「自分の知らないことを知れるって楽しいな」
と思っていました。

でも、自分の人生に関わる未来を具体的に告げられるようになると、
同じ占いでも全く違うものに感じるようになったんです。
まだ何も起きていない。
それなのに、
「数年後には、この人と縁が切れる」
という言葉だけが、自分の頭の中に残ってしまう。
友人と話していても、
「この人とも、いつか縁が切れるのかな」
仕事をしていても、
「もし本当にこの人と縁が切れたら、仕事ができなくなるのかな」
そんなことを考えてしまう。
未来の出来事を教えてもらったはずなのに、
気がつけば、その未来のことばかり考えて、今を生きることが難しくなっていく。

私はそこで初めて、
占いって、こんなに人の心を縛ることもあるんだと感じました。
当時の私は、占いについてほとんど何も知りません。
だから、
「それ、本当に占いでそう出ているの?」
と疑問に思っても、自分では確かめることができませんでした。
彼女から、
「占いが言っているの」
と言われてしまえば、
「そうなのかもしれない」
と思うしかない。
でも、別の先生からは違うことを言われている。
同じ占術を使っているのに、どうして答えが違うんだろう。
どちらかが間違っているのか。
それとも、同じ命式を見ても解釈の仕方が違うのか。
そもそも占いというものは、一つの未来を決めつけるためのものなのか。
私には何も分かりませんでした。
分からないからこそ、怖かったんです。

この頃には、占いそのものよりも、
彼女の鑑定によって生まれた空気が私を苦しめるようになっていました。
私は何度も、「どうしてそうなるの?」と聞きました。
「何を見て、そう判断しているの?」
「その人との縁が切れたら、どうして仕事ができなくなるの?」
私にとっては、当然の疑問でした。
別に彼女の占いを否定したかったわけではありません。
むしろ逆です。
それまで私は、占いについてほとんど何も知りませんでした。

だからこそ、そんなことまで分かる占いというものが、
いったいどういう仕組みになっているのか知りたかったんです。
どうして、この人とは数年後に縁が切れると分かるのか。
どうして、その人との縁が切れることと、
私の仕事ができなくなることがつながるのか。
私は、その「なぜ?」を知りたかった。
ところが、何度聞いても、私が納得できるような説明はありませんでした。
「占いが言っているの」そう言われるだけでした。
「私は占い師よ。バカにしないで」
そう言われたこともありました。
でも、私は彼女も占いも馬鹿にしていたわけではありません。
むしろ、占いを知りたいからこそ、ちゃんと聞いていたんです。

ただ、当時の私は占いのことを何も知らない。
だから、彼女が言っていることが本当に占いから読み取れることなのか、
それとも彼女自身の解釈なのか、それすら判断できませんでした。
分からないものについて、人生に関わる未来だけを告げられる。
そして、その根拠を聞いても、自分には理解できる形では教えてもらえない。
私は、そこに大きな戸惑いを感じるようになりました。

何か悪いことが起きたわけではありません。
まだ、実際には何も起きていないんです。
それなのに、頭の中には「いつか起こるかもしれない未来」がずっと居座っている。
彼女と過ごしていても、以前のように純粋に楽しいと思えない。
何気ない会話の中にも、言われた言葉がちらついてしまう。
「この関係も、いつか終わるのかな」
「この人との縁が切れたら、本当に仕事ができなくなるのかな」
そんなふうに、まだ起きていない出来事に、
自分の気持ちを持っていかれるようになっていきました。

そして、次から次へと耳元で囁かれる未来の話を、
私はもう、落ち着いて聞いていられなくなっていました。
数ヶ月ほど経って、ノイローゼ状態と言ってもいいくらい、
心が不安定になっていきました。

そこでようやく、
「だったら、自分で占いを勉強してみよう」と思ったんです。
彼女が使っていた四柱推命と西洋占星術を、
本やネットを使って自分で調べ始めました。
別に、占い師になろうと思ったわけではありません。
未来を当てられるようになりたかったわけでもありません。
ただ、言われたことの根拠が知りたかったんです。

彼女が言っていることは、
本当に占いから読み取れることなのか。
それとも、適当な感覚で言い出したことなのか。
同じ占術なのに、なぜ先生によって答えが違うのか。
占いで未来を見るというのは、そもそもどういうことなのか。
そして、少しずつ、
「自分の人生を満足できるものにするためには、
自分はどう行動したらいいんだろう」
と考えるようになっていきました。
その答えを知りたくて、私は占いを勉強し始めたんです。

勉強する中で私は、
占いってちょっとドラえもんみたいだなって思えてきました。
ドラえもんって、のび太の未来を変えるために、
いろいろなひみつ道具を出してくれるじゃないですか。
「こんな未来になっちゃう!」となったときに、ドラえもんが何とかしてくれる。
でも、私にはドラえもんはいません。
自分の人生を誰かがやって来て、「はい、これで未来を変えてあげます」
なんてことも起こらない。
だったら、自分で何とかするしかない。
そんな現実の中で、もしかしたら、占いを深く理解していけば、
ドラえもんに頼らなくても、
自分の人生を自分で変えていけるんじゃないか。
そんなふうに考えるようになっていきました。

それから20年以上が経ちました。
今になって振り返ってみると、
あのとき彼女から言われた未来は現実には起こりませんでした。
「数年後には縁が切れる」と言われた人とも、その後も普通に付き合っていた。
「この人と縁が切れたら仕事ができなくなる」と言われたことも、
確かに数年後、その人とは縁が切れました。
でも、その時の私は普通に映像制作の仕事を続けていました。
その後、映像制作の仕事を辞めることにはなりましたが、
それはその人との縁が切れたことが原因ではありません。
別の理由があって、自分で仕事を続けなくなったんです。
あの頃の私は、まだ起きてもいない未来をあれほど怖がっていたのに、
20年以上経った今、その未来は私の人生には現れていません。

でも、ここで私は「だから占いなんて当たらない」とは思いませんでした。
むしろ逆です。
あれだけ怖い思いをしたからこそ、私は占いそのものをもっと知りたくなった。
同じ命式を見ても、なぜ占い師によって解釈が違うのか。
未来を読むとは、いったい何を読んでいるのか。
勉強すればするほど、
占いは「未来を一つに決めるもの」ではないことが少しずつ分かってきました。

勉強していくうちに、私は少しずつ、占いが存在する意味が分かってきました。
私があのとき怖かったのは、未来そのものではなかったんです。
未来を知らされたことで、
自分ではどうにもできないものとして受け取ってしまったことが、
怖かったんだと思います。

占いは、未来を決めるためにあるものではない。
少なくとも、私は20年以上勉強してきて、そう思うようになりました。
同じ命式を見ても、
占い師によって読み方が違うことがあります。
それは、占いが適当に未来を作っているからではありません。

命式や星の中には、
いくつもの可能性が含まれている。
その中から何をどう解釈し読み取るのか。
何を伝えるのか。
そして、その人にどう伝えるのか。
そこには、占い師の知識や経験だけではなく、

占い師自身の考え方も表れるんです。

だから私は、

「あなたはこうなります」と未来を決めつけるような占いには、

少し違和感を持つようになりました。
未来を知ることが目的なのではなく、

未来を知ることで、今の自分がどう生きるのかを考えられる。
私は、占いにはそういう使い方があると思っています。
より具体的な戦略を立てれる道具になるんです。

あの時、占いによって不安になった経験があったからこそ、

今の私は、占いを怖いものにしたくないと思っています。
未来を言い当てることだけが、占い師の仕事ではない。
「じゃあ、私はどうしよう?」
そうやって、自分の人生を自分で考えるきっかけを渡すことも、
占い師の仕事なんだと思います。
それが、占い師になった今の私の考えです。

にんにん
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