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島郷かっぱ

若松生まれのかっぱが案内する石峰山砲台跡 ~当たり前の日常こそ、大切にしたい~

こんにちは。

若松生まれの占い師、島郷かっぱです。

若松には、海があります。

山があります。

そして、長い歴史があります。

 

いつも何気なく見ている風景の中にも、

「昔、ここで何があったんやろう?」

と調べてみると、知らなかった若松の姿が見えてくることがあります。

今回の若松めぐりで訪ねるのは、

石峰山。

 

標高約302メートル。

若松の山々の中でも高い山で、北側には響灘や島々、南側には皿倉山や福智山系などを望むことができます。

自然豊かな山ですが、実はここには、もう一つの顔があります。

 

第二次世界大戦中につくられた、

高射砲陣地の跡

が残っているのです。

 

今日は石峰山に残された戦争の痕跡から、

「当たり前の日常こそ、大切にしたい」

ということを考えてみたいと思います。

 

若松の石峰山

石峰山は、若松区の藤ノ木地区と小石地区の境にある山です。

北九州市が紹介する玄海遊歩道は、高塔山公園を起点に若松の山々の尾根をたどり、グリーンパーク方面へ続いています。

その途中に石峰山があります。

 

今では自然の中を歩く場所という印象がありますが、歴史をたどってみると、この山は昔から重要な役割を担っていました。

その一つが、

「のろし台」

です。

 

江戸時代には「のろし台」があった

石峰山の西側八合目付近には、江戸時代にのろし台が置かれていました。

文化6年(1809年)、ロシア船など外国船の接近を知らせるため、福岡藩と佐賀藩による情報伝達の仕組みの一部として整備されたとされています。

今のように、

電話もない。

LINEもない。

インターネットもない。

遠くへ緊急事態を知らせるために、煙や火を使って情報をつないでいた時代です。

石峰山も、その情報網の一つだったわけです。

しかし、こののろし台は長く使われたわけではなく、文化13年(1816年)には廃止されたとされています。

そして時代は流れます。

石峰山は、再び国を守るための場所として使われることになります。

 

第二次世界大戦中につくられた高射砲陣地

昭和16年(1941年)12月。

石峰山には陸軍の高射第4連隊の陣地が設けられました。

高射砲とは、空から飛んでくる航空機を攻撃するための兵器です。

福岡県教育委員会による戦争遺跡の調査では、石峰山の西南側、標高約280メートルの尾根に高射砲陣地が築かれたとされています。

 

そこには7センチ高射砲を据える砲座が6基、ほぼ東西方向に並んでいました。

砲座には高射砲を固定するためのボルト穴が残っているものもあります。

 

さらに、それぞれの砲座にはコンクリート製の弾薬庫が設けられていました。

現在もその遺構が残っています。

 

なぜ若松の山に高射砲があったのか

現在の若松から戦争を想像するのは、少し難しいかもしれません。

でも当時の北九州には、重要な工業地帯がありました。

洞海湾を隔てた八幡には製鉄所があります。

北九州は、日本の産業を支える重要な地域でした。

そのため、空からの攻撃に備える必要がありました。

 

石峰山は標高が高く、周囲を見渡すことができます。

そこに高射砲を置き、空から来る航空機に備えていたわけです。

今、山から見える景色と、

当時そこにいた人たちが見ていた景色。

同じ場所なのに、その意味はまったく違ったのでしょう。

 

今は静かな山だけれど

現在の石峰山には自然があります。

鳥の声が聞こえる。

風が吹く。

木々が揺れる。

そんな静かな場所です。

 

でも、その地面には、

高射砲を置いた場所。

弾薬を保管した場所。

軍事施設の痕跡。

そんなものが残されています。

 

何も知らずに歩けば、

「コンクリートの跡があるな」

くらいにしか思わないかもしれません。

でも歴史を知ると、その見え方が変わります。

 

同じ景色でも、知ることで意味が変わる。

歴史を学ぶ面白さの一つだと思います。

 

ここにいた人にも日常があった

私は戦争遺跡を見るとき、

建物や兵器だけではなく、

「ここにいた人たちは、どんなことを考えていたんだろう」

と思うことがあります。

家族がいた人もいたでしょう。

恋人がいた人もいたかもしれません。

故郷に帰りたいと思っていた人もいたでしょう。

戦争という大きな歴史の中にも、一人ひとりの生活がありました。

 

教科書では、

「1941年」

「第二次世界大戦」

「高射砲」

という言葉になります。

 

でも、その時代を生きた人にとっては、

それが毎日の生活だったんですよね。

そう考えると、歴史が少し身近になります。

 

「当たり前」は、当たり前ではない

朝起きる。

仕事へ行く。

学校へ行く。

好きな人にLINEする。

家族とご飯を食べる。

友達と笑う。

テレビを見る。

眠る。

 

普段は、

「普通の日」

としか思いません。

むしろ、

「毎日同じでつまらんなあ」

と思うことさえあります。

でも石峰山の戦争遺跡を考えると、

普通に一日を過ごせること自体、とても大切なことなのかもしれない

と思います。

 

何も起きない一日。

それは決して「何もない一日」ではないんです。

 

占いでは未来を知りたくなる

占いに来られる方の多くは、未来について質問されます。

「いつ結婚できますか?」

「転職したほうがいいですか?」

「彼から連絡は来ますか?」

「来年の運勢はどうですか?」

未来って気になりますよね。

私だって気になります(笑)。

 

でも未来ばかり気にしていると、

「今日」

を忘れてしまうことがあります。

来月どうなる?

来年どうなる?

5年後どうなる?

もちろん考えることは大切です。

 

でも、その未来をつくっているのは、

今日という一日です。

 

タロットの「太陽」から考える

タロットには「太陽」というカードがあります。

明るさや喜び、生命力、成功などを象徴するカードとして読むことがあります。

 

私はこのカードを見ると、

「幸せって、案外こういう普通のところにもあるんやろうな」

と思うことがあります。

 

誰かと笑う。

好きなものを食べる。

太陽の光を浴びる。

好きなことをする。

そんな小さなことです。

人間は大きな幸せを探しがちです。

もっとお金が欲しい。

もっと成功したい。

もっと愛されたい。

それも悪いことではありません。

 

でも、

すでに自分の周りにある小さな幸せにも気づいていたいですね。

 

悩めるということも、平和なのかもしれない

恋愛で悩む。

仕事で悩む。

人間関係で悩む。

もちろん本人にとっては真剣な悩みです。

「好きな人からLINEが来ない」

それだけでも眠れなくなることがあります。

 

だから、

「そんなことで悩むな」

とは思いません。

 

むしろ、

恋愛で悩める日常があることも、一つの平和なのかもしれない

と思います。

 

好きな人を思う。

将来について考える。

夢を持つ。

そんなことができる日常を、大切にしたいですね。

 

石峰山には二つの「伝える場所」があった

石峰山の歴史を見ていて、私は面白いことに気づきました。

江戸時代には、

のろし台。

昭和には、

高射砲陣地。

どちらも国を守るためにつくられたものですが、その役割は違います。

 

のろし台は、危険を「伝える」場所。

高射砲陣地は、危険から「守る」場所。

時代が変われば、同じ山でも役割が変わります。

 

人間も同じなのかもしれません。

若い頃の役割。

仕事での役割。

家庭での役割。

年齢を重ねてからの役割。

ずっと同じではありません。

 

今まで必要だった役割が終わり、新しい役割が始まることがあります。

だから、

「昔の自分はこうだった」

だけに縛られなくてもいいんです。

 

過去を知ることは、未来を考えること

戦争遺跡は、過去のものです。

でも、

「昔こんなことがありました」

だけで終わらせるものではないと思います。

 

過去を知って、

今を考える。

そして、

これからどう生きるかを考える。

占いにも少し似ています。

過去を見る。

現在を見る。

そして未来を考える。

 

未来はまだ決まっていません。

だからこそ、

過去から学び、今できることを考える。

それが大切なのではないでしょうか。

 

石峰山を訪れる際には

石峰山は、北九州市の玄海遊歩道のルート上にあります。

ただし、高射砲陣地跡は一般的な観光施設とは異なり、山中に残された戦争遺跡です。

 

山道の状況は天候や季節によって変わることがあります。

また、遺構周辺には足元が不安定な場所などがある可能性もあります。

 

訪れる場合は、北九州市などが発信している最新の登山道・遊歩道情報を確認し、立入禁止や通行止めになっている場所には入らないようにしてください。

 

そして、残された遺構を傷つけたり、持ち帰ったりせず、

「ここに歴史があった」

ということを静かに感じる場所として大切にしたいですね。

 

当たり前の日常こそ、大切にしたい

石峰山に残る高射砲陣地跡。

今はもう、高射砲の音は聞こえません。

そこにあるのは、

風の音。

鳥の声。

木々の揺れる音。

静かな山の時間です。

 

でも、コンクリートの砲座跡は、

ここに戦争の時代があったことを今も伝えています。

歴史は変えられません。

 

でも、

歴史から何を感じ、これからどう生きるかは私たちが選ぶことができます。

明日のことを考えるのも大切。

将来の夢を持つのも大切。

 

でも、ときには今日を見てみる。

家族と話せること。

好きな人を思えること。

仕事が終わって、

「疲れたー」

と言えること。

 

そんな普通の毎日を大切にする。

石峰山の静かな戦争遺跡は、

そんな当たり前の大切さを教えてくれているような気がします。

何も起こらない一日も、幸せな一日。

 

そんなことを考えながら、

今日も若松の歴史を歩いていきたいと思います。

若松生まれの占い師、島郷かっぱでした。

それでは、また。

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