そもそも人に振り回されるのが人生なのじゃないか?
「人に振り回されないようにしましょう」
「自分のペースを大切にしましょう」
「周りに流されず、自分らしく生きましょう」
そんな言葉をよく耳にします。
確かに、その通りだと思います。
誰かの顔色ばかり気にしたり、
周りと比べて焦ったり、
自分の気持ちを後回しにしてしまうと、
疲れてしまいます。
だからこそ、「もっと自分らしく生きよう」「マイペースでいい」と言われるのでしょう。
でも、ふと考えることがあります。
マイペースを貫くことって、
本当にできるんだろうか?
そもそも
人間は一人で生きているわけではありません。
仕事をしていれば
お客様や同僚、上司など
自分以外の人がいます。
恋愛をすれば、相手の気持ちがあります。
家族がいれば、自分だけの都合では決められないこともあります。
友達との約束だってそうです。
誰かと関わって生きている以上
自分のペースだけで人生を進めることなんて
できないんじゃないでしょうか。
誰かの一言で嬉しくなったり、
誰かの態度に傷ついたり。
誰かに誘われたことで
予定が変わったり
誰かとの出会いによって
人生の進む方向が変わったりする。
振り返ってみれば、
自分の人生だと思っているものの中には
たくさんの「他人」が入り込んでいます。
そう考えると、
人に振り回されることって、
もしかすると人生そのものなのかもしれません。
もちろん、
何でも人の言う通りにすればいい
という話ではありません。
流されて生きよう!
と声高々に言う話でもございません。
相手に合わせ続けて
自分が何をしたいのか分からなくなってしまえば、
それはそれで苦しくなります。
でも
人に影響されることと、
自分を失うことは同じではありません。
誰かに影響されて
考え方が変わることもある。
誰かを好きになったことで
自分の予定や価値観が変わることもある。
誰かに傷つけられたことで
今までとは違う生き方を選ぶこともある。
逆に、
誰かとの出会いによって
自分でも知らなかった
可能性に気づくこともあります。
そう考えると
「人に振り回される」という言葉も
少し違って見えてきます。
人間は、
誰かに影響されながら生きている。
周りの人に支えられ、周りの人を支えて
生きていくものです。
そして同時に、
自分も誰かに影響を与えながら生きている。
自分だけが誰にも影響されずに生きることも、
誰にも影響を与えずに生きることも、
おそらくできません。
人に振り回されないことよりも
人に振り回された自分が
そのあと何を選ぶのか。
そちらのほうが大切なんじゃないか。
誰かに何かを言われた。
傷ついた。
腹が立った。
嬉しかった。
誰かに必要とされた。
誰かを好きになった。
そんな出来事によって
自分の気持ちが揺れること自体は
悪いことではないと思います。
むしろ
誰かと関わっているからこそ
心が動く。
一人で何も影響を受けずに生きるより
誰かと関わることで
自分でも知らなかった自分に出会うこともある。
だから
「自分らしく生きる」ということは
誰にも振り回されないことではないのかもしれません。
人に影響されてもいい。
考えが変わってもいい。
予定が変わってもいい。
ときには誰かのために
自分のペースを崩したっていい。
ただ、その中で最後に
「自分はどうしたいんだろう?」
と、自分に問い直す。
人に振り回されながらも、
その中で自分なりの選択をしていく。
もしかすると
それが人間として生きるということなのかもしれません。
自分ではどうにもならない出来事があったとき
誰かの気持ちが分からなくなったとき
人生の方向が見えなくなったとき。
占いを通して
自分の置かれている状況を見つめ直す。
そしてまた
人との関わりの中へ戻っていく。
人に振り回されないための占いではなく
人に振り回されながら生きている自分を
もう一度見つめ直すための占い。
僕は、そんな占いの使い方の方が
自然じゃないかと思っています。
にんにん