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〈阿佐霧峰麿〉相談という回路が、生き延びる過程で静かに途切れていった

円形脱毛症を見つけたあの日、私はそれを隠さなかった。

 

すぐにパートナーへ伝え、

その足で病院に向かった。

 

 

 

医師は深刻でも軽く扱うわけでもなく、

ただ薬を渡し「しばらく様子を見ましょう」

と告げただけだった。

 

 

その温度のない響きが、

逆に現実を冷たく突きつけていた。

 

 

 

 

身体に症状が出ていたとはいえ、

私は仕事に行けなくなるほど崩れてはいなかった。

 

 

むしろ淡々と働けていた。

 

 

それには、私自身の“生き方の癖”

が関係していた。

 

 

 

 

私は昔から、仕事に「やる気」を求めなかった。

 

働くのは生きるためで、稼ぐのは当然。

 

 

だから「行きたくない」という感覚も、

「助けてほしい」という感覚も希薄だった。

 

 

 

弱音を誰かに預けるという回路が、

もともと自分の中に存在していなかったのだ。

 

 

 

 

しかし、環境のほうは静かに壊れ始めていた。

 

 

 

円形脱毛症のことを

職場の別部署の仲間に話した時、

 

その人は少しの沈黙のあと、静かに言った。

 

 

 

「……実は、私もなんだ。」

 

 

 

同じ時期、同じ体制変更に巻き込まれた仲間が、

同じように心と身体を削られていた。

 

 

 

 

もはや個人の問題ではなかった。

 

 

環境そのものが、

人の心をゆっくりと削っていた。

 

 

 

 

その頃の私は、占いで自分の流れを見ることが日常になっていた。

 

空亡が近いことも理解していたし、

 

「流れが変わる」

「新しいものを拾う時期」

 

そんなポジティブな意味も受け止めていた。

 

 

 

けれど、知識として理解することと、

その渦の中に実際に立つこと

のあいだには深い差がある。

 

 

 

私は毎日違うエリアへ飛ばされる

“フリー”の立場で働いていた。

 

 

固定ルートのドライバーと給料は同じなのに、

難易度は圧倒的に高い。

 

 

 

不公平だと訴えても

「体制だから」の一言で終わる。

 

 

 

それでも私は、淡々と

プロとしてやるべきことを積み重ねた。

 

無駄口をたたかず、

一挙手一投足と動線を常に見直し、

二重に確認を行いミスをなくす。

 

 

 

まるで刀を毎日研ぐような感覚で、

黙々と精度を高めていた。

 

 

 

 

気づけば私は、

周りからすれば“鞘にしまい忘れた抜き身の刀”

のように見えていたことだろう。

 

 

鋭く、無駄がなく、しかし守りがない。

触れれば折れるほど、内側は疲弊していた。

 

 

 

 

 

相談しなかったのは、弱さでも孤独でもない。

 

生きるために刃を整え続けた結果、

 

「助けを求める」という回路が

静かに抜け落ちていただけだ

 

 

 

あの頃の沈黙は、強がりではない。

 

 

 

心が壊れないように保つための、

最後の構造だった。

 

 

 

 

そしてもし今、同じように

“言葉にならない静けさ”の中にいる人

がいるなら、 ひとつだけ伝えたい。

 

 

 

 

沈黙は敗北ではない。

 

それは心が

自分を守ろうとしているサインだ。

 

 

 

言葉にできない違和感が積もっているなら、

 

それは壊れているのではなく、

 

次の章へ向かう準備が

静かに始まっている証拠でもある。

 

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言葉でも、声でも、対面でも──

その日のあなたに合う距離で。

 

そっと寄り添える場所として、

ここにいます。

 

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