〈阿佐霧峰麿〉心は壊れたあと、元に戻るのではなく“形を変える”
円形脱毛症は、心が壊れた証ではなかった。
もっと正確に言うなら、
心が形を変え始めた合図だった。
あのころの私は、
自分が崩れている実感を
ほとんど持っていなかった。
感情は平坦で、仕事はこなせる。
生活も維持できるし、人と話せば普通に笑える。
だから“壊れている”という表現は、
しっくりこなかった。
けれど今振り返れば、
壊れるというよりも、
古い形から新しい形へ
無理やり移行させられていた
という感覚が近い。
無理に前へ進み続けた結果、
心のどこかは必ず軋む。
その軋んだ部分に、
身体がいちばん先に反応しただけだった。
私は壊れたのではなく、
古い自分の殻が限界を迎え、
ひび割れただけだった。
この“ひび割れ”という表現が、
今では自分の中でしっくりくる。
なぜなら、ひび割れた部分は
もう元には戻らない。
直しても、修復しても、
壊れる前と同じ形にはならない。
でも、人間はそこから
別の強さをつくっていく。
たとえば、
ワイヤーが限界まで引き伸ばされて、
外側の細い金属がプツッとちぎれることがある。
一本のワイヤーに戻ることはない。
ちぎれた部分は、以前の形に“復元”されない。
けれど、だからといって
ワイヤー全体が使い物にならなくなるわけじゃない。
その形のまま、
新しい張り方や力のかけ方を覚えていく。
強度も、用途も、
引き受けられる重さも変わっていく。
心もそれと同じだ。
指先の冷たさを、頭皮に感じたあの瞬間、
私は自分のどこかがちぎれたのをはっきり感じた。
でもそれは、終わりではなく、
むしろ“これまでの私では生きられない”
というサインだった。
壊れたまま進むのではなく、
形を変えなければ次へ行けない
──そう人生に言われた気がした。
当時の私は、
占いを簡易的に見る程度の知識しかなかったが、
空亡に入る直前だということは理解していた。
空亡は“不運の時期”ではない。
“これまでの方法がもう使えない”
と告げるタイミングだ。
つまり、
自分の形が変わり始める時期でもある。
その渦の中に放り込まれて、
私はようやく気づき始めた。
心とは元に戻すものではなく、
状況に合わせて組み替えていく構造物なのだと。
古い形で粘れば粘るほど、
ひび割れは広がっていく。
けれど、ちぎれた部分を認め、
新しい形に組み替え始めると、
人は驚くほど軽くなる。
あの頃の私は、
抜き身の刀のように研ぎ澄まされた心で
日々をこなし、
ワイヤーの金属片がちぎれたまま
前に進んでいた。
決してきれいではないし、
強そうに見えるわけでもない。
でも、 その不格好な形のまま
前に進めたからこそ、
今の私の軸ができていった。
心が壊れかけていると感じる人へ伝えたい。
壊れることは悪いことじゃない。
元に戻らないことも、悪いことじゃない。
むしろ、元に戻らないからこそ、
あなたの心は“次の形”へ
進む準備が整っている。
心はいつだって、
あなたが前に進むための形へ変わり続ける。
その変化に気づけた瞬間、
人生は静かに動き出す。
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言葉でも、声でも、対面でも──
その日のあなたに合う距離で。
そっと寄り添える場所として、
ここにいます。
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