あぐり
結婚に曖昧な態度の彼に対してどうすればいいか?
冬の空気には、静かな冷たさのなかに、どこか芽吹きのような気配があります。
その朝、ふと気づきます。
人生の転機はいつも、春のように明るい顔をして訪れるとは限らないのだと。
むしろ、曇り空の下で、誰にも見えない場所で、ゆっくりと始まっているもの。
彼とお付き合いして五年以上。
気づけば「いつか」という言葉に未来を預け、心のどこかでその“いつか”が現実になることを願い続けていました。
でも現実は、思い描いた物語とは違う方向へと動いていきます。
結婚の話は進まず、約束も曖昧なまま時間だけが流れ、挙げ句の果てには「仕事が忙しいから一旦別れてほしい」と告げられる。
その言葉は、心の内側に、鋭い霜柱のような痛みを残しました。
そんなとき、易に問うた卦は「水山蹇」。
その三爻が示すのは、「進みたい気持ちが強いほど、足元がとられる時」。
往けば蹇み、来れば反る――
その一句が、胸の奥深くで、静かに響きました。
“進まなければ”と焦る心は、決して間違いではない。
未来を見たい、人生を前に進めたいと願うのは、誠実な愛の証だから。
しかし蹇の時は、「真実の愛であっても、無理に進めば傷つくことがある」と教えてくれます。
橋の架かっていない谷を渡ろうとしているのと同じ。
向こう岸の景色はどれほど美しくても、今は、その一歩が落下へとつながってしまう。
水山蹇の三爻は、内なる声に耳を澄ませるよう促します。
“彼とどうなるか”よりも、“私はどう生きたいのか”。
恋愛という枠よりも、人生そのものの枠で問い直す時。
相手の事情や感情に振り回され、自分の価値を他者の手に握らせてしまうと、心はあっという間に迷子になる。
だからこそ、この爻は告げるのです。
焦りの声ではなく、誇りの声を選びなさい。
追いかけることで関係を守ろうとせず、
自分を尊重することで未来を守りなさい。
ここでいう「止まること」は敗北ではありません。
放棄でも、あきらめでもない。
むしろ、「自分を失わないための英断」です。
無理に距離を詰めるより、一度静かに距離を取ること。
答えを急ぐよりも、自分の声に追いつく時間を持つこと。
未来に向けて仕掛ける前に、いまの自分の基礎を整えること。
恋愛の悩みは、相手の心以上に、自分の心が疲弊しているときに深くなります。
だから、この時期の鍵は“外に打って出る”ことではなく、
「自分自身を整える」こと。
住まいを掃き清めるように、自分の心に溜まった不安や執着、期待や恐れを、ひとつずつ手にとって眺めてみる。
「私は何を大切にしているのか」
「私が望む結婚とはどんな人生なのか」
「彼がその景色に入ってこないのであれば、私はどう生きるか」
その答えは、すぐに綺麗な言葉にならなくてもいい。
ただ、問いの形が整えば、心は自然と方向を向き始めます。
いつか、彼と寄り添う未来が再び見えるときがくるかもしれません。
あるいは、新しい扉が開き、別の縁が導かれるかもしれない。
それは今、決めなくていい。
蹇の時とは、「動かないことで進む」という不思議な季節だから。
人生には二つの前進があります。
ひとつは、足を運んで向かう前進。
もうひとつは、立ち止まり、心を整え、“迷わない自分”へと変わる前進。
水山蹇の三爻は、後者の前進を選びなさい、と告げているのです。
止まることは、未来のための助走に似ています。
いま、あなたの足元にある静けさこそ、次の季節を芽吹かせる土壌になるのだから。
彼の言葉を嘆くよりも、自分の言葉を取り戻すこと。
「私は、こう生きたい」
その宣言こそが、霧のなかに灯る灯台となり、
たとえ恋がどんな形に変わっても、あなたを未来の岸まで導いてくれるはずです。
ここからまた始めればいい。
蹇の時は永遠ではない。
季節が巡るように、運命もまた巡る。
そのとき、あなたは“待つ人”ではなく、
自分の人生を歩む「ひとりの主人公」として立っているのだから…。
その姿こそが、愛の真の始まり…。







