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あぐり

古人たちの生きし道をまた…

薄闇の中、靴底に伝わる雪の感触が、かすかに軋む。ザク、ザク、と、その音が静寂の世界を縫い、遠い記憶を呼び覚ましていく。

目には見えぬ何千、何万の足取りが、この道には刻まれている。

狩りに出た者、子を負いながら山を越えた母、祭祀のために火を運んだ巫女、別れの言葉も告げずに旅立った若者。それぞれの息遣いが、いまもなお雪解け水のように地中を流れ続けている。

その流れに触れるように、私はそっと足を止める。
茜色が、やがて金色へと変わり始める。
光は、闇を追い払うためにあるのではなく、闇とともに世界を支えているのだと知る。夜があるから、朝がある。寒さがあるから、焔に手をかざす幸福を知る。

欠乏があるから、恵みに気づく。

人間はなんと不完全で、なんと尊い矛盾を背負って生きているのだろう。

それでも、太陽は毎朝ためらわない。
昇る時刻を変えようともしない。
人間の都合や哀しみに気付く素振りも見せず、ただ粛然と東の空を染めていく。

この無関心にも似た偉大さの前に、私は何度も救われてきた。
「生きていてもいいんだ」と思えるのは、いつもこの瞬間だった。
朝の匂い、霜柱のきらめき、吐息の白さ。
それらは誰に向けられたものでもなく、ただここに「ある」。
それだけで、充分なのだと思える時間。

人はときに、自分の人生が“自分の力で”築かれていると錯覚する。
だが、雪の道を歩けばわかる。
この一歩は、私のものでもあり、無数の誰かのものでもある。
私が立っている地点は、過去の旅人たちの願いや痛みや祈りの上に重なりながら、いまの私を形づくっている。

祝福は、いつも目に見えないところにある。
それでも受け取ることはできる。
ただ、足を止め、耳を澄ませ、呼吸をひとつ深めるだけで。

振り返ると、足跡が淡い影となって残っている。
その先には、まだ歩いていない未来の白い頁が続いている。
そこに何を書き込むかは、いまここでしか決められない。

茜色が、ついに山の端を越える。
夜が、静かに退いていく。
新しい一日という贈り物が、音もなくほどけていく。

歩き出そう。
雪解けを待つ種のように、ゆっくりでいい。
私たちは、無数の恩恵の上を、ただ生きている。
それ自体が、奇跡のような旅なのだから。

…この続きを、あなた自身の朝に重ねてみると、思わぬ何かが胸の奥で目を覚ますかもしれない。

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