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阿佐霧 峰麿

みねまろ会議4|答えをもらった瞬間、人生は少しだけ自分の手を離れる

少し前から、

 

 

「悩むな。考えろ。」

 

 

この言葉が、頭の中に残っている。

 

 

 

考えようとすると、

正直、逃げたくなる。

 

 

今もそうだ。

 

 

だからこれは、

何かを分かった人の話じゃない。

 

 

 

分からないまま、

立とうとしている途中の人間の記録だ。

 

 

 

 

最近、何度も考えている。

 

 

なぜ人は、

自分の人生のことなのに、

簡単に他人に答えを委ねられるのだろう。

 

 

 

「どうすればいいですか?」

 

 

この言葉を、

私はこれまで何度も使ってきた。

 

 

 

真剣だったし、

逃げているつもりもなかった。

 

でも、立ち止まって考えると、

少しだけ不思議だ。

 

 

 

答えをくれる人は、

私の代わりに生きてくれるわけじゃない。

 

失敗したとき、

一緒に責任を引き受けてくれるわけでもない。

 

 

それでも、

私は平気で聞いていた。

 

 

 

たぶん、

自分で決めるのが怖かったのだと思う。

 

 

考えるという行為は、

思っている以上に重たい。

 

 

何を選ぶかだけじゃない。

 

何を失うのか。

 

 

うまくいかなかったとき、

「それでも自分が選んだ」と言えるか。

 

 

 

そこまで含めて考えるのは、

正直、足が震える。

 

 

だから、

誰かに聞きたくなる。

 

 

 

答えをもらえた気がすると、

一瞬、楽になる。

 

 

「これでいいんだ」と思える。

 

 

 

でも同時に

考える席から

そっと立ち上がっている感じもする

 

 

 

 

私は、

それを何度も繰り返してきた。

 

 

だから今、偉そうに

「自分で考えろ」とは言えない。

 

 

 

今も、

足は震えている。

 

 

子鹿みたいに、

地面が本当にあるのか確かめながら、

一歩ずつ足を出している。

 

 

それでも、

ひとつだけ分かってきたことがある。

 

 

 

答えを誰かに渡した瞬間、

人生は少しだけ、

自分の手を離れる。

 

 

逆に言えば、

答えが出なくても、

 

考える席に座り続けている限り

人生はまだ自分のものだ

 

 

 

最近は、

「どうすればいいですか?」と

聞きたくなる場面で、

 

その言葉が

口から出てこなくなった。

 

 

 

その前に、

「自分は、どうしたいのか?」

 

 

そう問い直すと、

さっきまで喉の奥にあった言葉が、

そのまま引っ込んでしまう。

 

 

 

でも、その時間だけは、少なくとも

ちゃんと自分の人生の中にいる感覚がある

 

 

立派じゃなくていい。

自信満々じゃなくていい。

 

震えながらでも、

自分の足で立とうとしているなら、

 

 

それはもう

“丸投げ”とは違う。

 

 

 

私は今、まだ途中にいる。

 

 

でも少なくとも、

他人に預けていた足を、

自分の体の下に戻そうとはしている。

 

 

 

その感覚を、

忘れずにいたいと思っている。

 

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言葉でも、声でも、対面でも──

その日のあなたに合う距離で。

 

そっと寄り添える場所として、

ここにいます。

 

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