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阿佐霧 峰麿

占い師になろうと思ったわけではなかった(最終章①)

正直に言えば、

最初から「占い師になろう」と

思っていたわけではなかった。

 

 

 

誰かを導きたいとか、

人の人生に答えを与えたいとか、

そんな大それた動機はなかった。

 

 

ただ、

自分の人生をどう扱えばいいのか、

その方法がどうしても必要だった。

 

 

 

 

感覚だけで走り切ってきた人生が、

 

初めて立ち止まり、

初めて揺らぎ、

初めて「分からない」に直面した。

 

 

感情で決めるには重すぎる。

勢いで選ぶには遅すぎる。

 

 

誰かの正解をなぞるには、

あまりにも自分の人生だった。

 

 

 

だから私は、

「当てる答え」ではなく、

選ぶための枠組みを探し始めた。

 

 

その過程で出会ったのが、

占いという道具だった。

 

 

 

占いは、

未来を言い切ってくれるものではなかった。

 

 

むしろ逆で、

 

「どういう前提で生きているか」

「どこで無理が出やすいか」

「どんな判断で崩れやすいか」

 

そうした“自分の構造”を

淡々と照らし出してくるものだった。

 

 

 

それは安心でも、救いでもなかった。

けれど、確実に使える情報だった。

 

 

私はその情報を使って、

人生の選択を“積み込む”ようになった。

 

今の自分の状態。

時間の流れ。

耐えられるリスク。

引き返せる余地。

 

それらを一つずつ確認してから、

走り出す。

 

 

 

すると不思議なことに、

選んだあとで自分を責めなくなった。

 

 

結果がどう転んでも、

「この時点の自分には、これしかなかった」

 

そう認められるようになった。

 

 

 

この変化は、

私の人生を劇的に変えたわけではない。

 

けれど、

確実に“壊れにくく”した。

 

 

迷っても立て直せる。

揺れても戻ってこられる。

感情に飲まれても、判断を失わない。

 

その感覚を手に入れたとき、

ふと気づいた。

 

 

――これ、

私だけが持っていればいいものだろうか。

 

 

 

同じように、

 

感覚で走ってきて、

初めて立ち止まり、

軸がないことに気づいてしまった人。

 

その人たちは、

きっと私と同じ場所で立ち尽くす。

 

 

答えが欲しいわけじゃない。

背中を押してほしいわけでもない。

 

 

ただ、

どう選べばいいのかを知りたいだけなのだ。

 

 

 

そのとき初めて、

占い師という立場が

私の中で現実味を帯びた。

 

 

占い師になる、というより、

この構造を渡す側に回る

 

 

人生の選択を、

走り出す前に整える方法を伝える。

 

後悔しない未来を約束するのではなく、

後悔しても壊れない選び方を共有する。

 

 

それなら、

これまでの人生も、

この遠回りも、

無駄ではなかったと思えた。

 

 

 

私は、

誰かの人生を決めたいわけじゃない。

 

 

ただ、

その人が自分で選び

自分で引き受けられるようになるための

積み込み”を手伝いたい

 

 

 

そう考えたとき、

占いは、

私にとってちょうどいい道具だった。

 

 

 

それが、

私がこの場所に立っている理由だ。

 

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言葉でも、声でも、対面でも──

その日のあなたに合う距離で。

 

そっと寄り添える場所として、

ここにいます。

 

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