選び直せる感覚が、人生を止めなくなった(最終章⑨)
それでも、人は答えを欲しがる。
不安なときほど、早く決めたくなる。
間違えたくないときほど、
誰かの言葉にすがりたくなる。
それは弱さではない。
ごく自然な、人の反応だ。
私自身も、そうだった。
構造を知り、
視点を持つようになってから、
私の中で一つだけ、
はっきり変わったことがある。
人生が、止まらなくなった。
以前は、
選ぶたびに立ち止まっていた。
これでよかったのか。
別の道があったのではないか。
間違えていたら、
取り返しがつかないのではないか。
選択そのものよりも、
選んだあとに続く不安のほうが重かった。
けれど今は違う。
迷うことはある。
悩まなくなったわけではない。
ただ、
「選び直せる」という感覚が、
常に手元に残っている。
それだけで、
前に進める。
選択は、
一発勝負ではなくなった。
今は動く局面か。
整える局面か。
これ以上、抱え込んでも大丈夫か。
それとも、どこかで手放したほうがいいか。
この選び方で、
後から自分を責めることにならないか。
今は、
あえて決めずに様子を見る時間ではないか。
こうした確認を挟むだけで、
選択はずっと静かになる。
正解を当てにいかなくていい。
未来を言い切らなくていい。
今の自分にとって、
扱えるかどうかだけを見ればいい。
すると、
選択は失敗しにくくなる。
仮に結果が思わしくなくても、
立て直せる。
なぜなら、
「間違えた」ではなく、
「条件が変わった」と
捉え直せるからだ。
これは大きい。
選択が、
人格や価値の問題ではなく、
状況判断の話に戻る。
だから、
自分を責めなくなる。
人生を止めなくて済む。
構造を知る前の私は、
選択を「覚悟」や「勇気」の問題にしていた。
今は違う。
選択は、
管理できるものだと分かっている。
だから、
必要以上に気負わない。
勢いに任せすぎない。
慎重になりすぎて固まらない。
この感覚が身につくと、
人生は少しずつ、
現実的になる。
夢を見なくなるわけではない。
情熱が消えるわけでもない。
ただ、
足が地面についたまま、
前を向ける。
占いが教えてくれたのは、
未来そのものではなかった。
選び直せる感覚だった。
だから私は、
次の選択を怖れなくなった。
止まらない。
迷っても、戻れる。
その手応えを持ったまま、
私は今も、人生の中を歩いている。
そしてこの感覚が、
次に私をどこへ連れていったのか。
それを、
最後に書こうと思う。
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