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阿佐霧 峰麿

占いが、視点になるということ(最終章⑩)

あのとき、

初めて占いに触れた瞬間の感覚を、

 

私は今もはっきり覚えている。

 

 

 

 

胸の奥が、少しだけ浮いたような感じ。

 

 

未来を当ててもらったからではない。

 

 

自分の人生を、

もう一度ちゃんと見ていいと思えたからだ。

 

 

 

それまで私は、

勢いで進むか、

慎重になりすぎて止まるか、

 

どちらかに偏りがちだった。

 

 

 

熱が勝てば、突っ走る。

 

冷えすぎれば、動けなくなる。

 

 

その往復の中で、

自分の立ち位置を見失うこともあった。

 

 

 

占いは、

どこかへ連れていくものではなかった。

 

 

冷静になりすぎたとき、

自分の中に残っている熱を思い出す場所。

 

 

逆に、

情熱に飲み込まれそうになったとき、

一度、水に戻るための場所。

 

 

 

占いは

そのあいだを行き来するための

ひとつの装置だったのだと思う

 

 

 

 

水と火。

 

冷静と情熱。

 

 

 

どちらかを選ぶ必要はない。

 

 

どちらもあって、

初めて前に進める。

 

 

 

 

火だけでは、燃え尽きる。

 

水だけでは、動けなくなる。

 

 

必要なのは、

そのあいだを行き来できることだ。

 

 

 

 

占いが「答え」だった頃、

人は占いにすがる。

 

 

 

けれど、

占いが「視点」になったとき

人は現実へ戻っていく

 

 

 

 

確認し、

 

整え、

 

また日常へ帰る。

 

 

 

その往復ができるようになると、

占いは主役の座を降りる。

 

 

 

人生が前に出て、

占いは少し後ろに下がる。

 

 

それくらいが、

いちばん健やかだ。

 

 

 

 

必要なときに思い出され

役目を終えたら、静かに手放される

 

 

 

占いとは、

未来を決めるものではない。

 

 

 

今の自分に足りないほうへ

そっと戻してくれる視点だ

 

 

水に戻り、

 

火を思い出し、

 

また現実へ帰っていく。

 

 

 

 

私は今も、

その行き来を続けている。

 

 

 

だから占いを、

信じすぎることもしない。

 

 

手放しすぎることもしない。

 

 

冷静と情熱のあいだを、

何度でも往復するために。

 

 

 

 

占いとは、

進むための答えではなく

立ち戻るための視点なのだと思っている。

 

 

 

そしてその視点が、

静かに人生を前へ運んでいく。

 

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言葉でも、声でも、対面でも──

その日のあなたに合う距離で。

 

そっと寄り添える場所として、

ここにいます。

 

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