彼の気持ちを知りたかった。でも、最後に残った問いは別だった。
彼の気持ちが知りたい。
多くの相談は、
そこから始まります。
どう思っていたのか。
なぜあのとき、ああいう態度だったのか。
なぜ、目の前の自分を選ばなかったのか。
別れたあとも、
連絡が途絶えたあとも、
その問いだけが頭に残り続ける。
「気持ちが分かれば、納得できる気がする」
「理由が分かれば、前に進める気がする」
そう思うのは、とても自然なことです。
鑑定の入り口も、
たいていはそこにあります。
でも、話を重ねていくうちに、
少しずつ、問いの位置が
ずれていくことがあります。
彼の気持ちを知りたい、という言葉の奥に、
「なぜ、私はこんなにも手放せないのか」
という問いが、静かに顔を出す。
なぜ、諦めきれないのか。
なぜ、ここまで心が引っ張られているのか。
そこにたどり着いたとき、
相談の主語は、いつのまにか
「彼」から「自分」へと移っています。
別れてしまったこと以上に、
連絡が取れなくなったこと以上に、
苦しかったのは、
その気持ちを吐き出す場所がなかったこと。
誰にも話せず、
自分の中で考え続けて、
それでも納得できる言葉にたどり着けない。
だから、
「分かるまで言葉にしてほしい」
「自分が納得できる形で整理したい」
そう願って、鑑定の場に来る人も
少なくありません。
鑑定でしているのは、
答えを一つ渡すことではありません。
言葉にする。
返す。
また言葉にする。
そのやり取りを繰り返しながら、
納得を一つずつ積み重ねていく。
そうしてようやく、
次の問いが立ち上がります。
なぜ、彼は
目の前の自分を選ばなかったのか。
ここで初めて、
彼の行動原理や、彼という人の構造が
見えてくることがあります。
そして同時に、
もう一つの事実にも気づく。
彼そのものではなく、
彼を見ることで埋めていたものがあったこと。
話が合う。
面白い。
見ていて飽きない。
それは、
人生を共にする相手というより、
日常の隙間を埋める存在だったのかもしれない、
という視点です。
そこに気づいたとき、
最後に残る問いは、もう彼ではありません。
「では、この空いた場所を、
私はどうやって満たしていけばいいのか」
占いは、
未来を決めるものではありません。
問いを移動させるための、
ひとつの視点です。
彼の気持ちを知りたかったはずなのに、
最後に残った問いが、
自分の生き方だった。
そういう鑑定も、
確かにあります。
答えが出なくてもいい夜があります。
前に進めなくてもいい時間があります。
問いが変わったこと自体が、
ひとつの前進である場合もある。
今日は、
そこまでたどり着けたなら、
それで十分なのかもしれません。
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その日のあなたに合う距離で。
そっと寄り添える場所として、
ここにあります。
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