ブログ

愛藍姫 トリコ

認知症の祖父と過ごした「子ども時代の記憶」

*トリ物語*③子どもの頃の回想

 

子どもの頃の記憶の中には
祖父の存在がとても大きくあります

物心ついた時から
祖父は認知症でした

 

祖父は何軒かの親戚の家を
転々と泊まっていて
時々、私の家にも泊まりに来ました

 

今思えば
一人に負担がかかりすぎないように
兄弟姉妹で助け合う
優しさだったのだと思います

 

隣に座ると、いつも
「◯◯ちゃんは、女学校かい?」
と聞きます

しばらく沈黙が続くと
また同じことを聞く

当時はもちろん
その言葉の意味もよく分からず

ただ少し様子の違うおじいちゃん
という認識でした

子どもだった私は
それを怖いと感じるよりも

 

「どうしてなんだろう?」と
静かに考えていたように思います

一方で、大人たちは困っていました

 

どう声をかけたらいいのか
どう接したらいいのか分からず

戸惑いながら祖父と向き合っている姿を
私はそばで見て育ちました

 

祖父の言動は
ときどき不思議でしたから

怒っているわけでも
突き放しているわけでもない

 

ただ「正解が分からない」
その不安な想いが

空気を少し重くしているように
感じていました

私は、そんな大人たちの様子を見ながら
幼いなりに、こう思っていました

「大人なのに、困っているんだな」
「分からないって、つらいんだな」

その感覚は
言葉にならないまま
私の中に静かに残っていきました

 

祖父と過ごす時間の中で
「何かをしてあげる」ことは
ほとんどできなかったけれど
そばに居ることはできました

一緒に同じ空間に居て
話を聞いて
ときどき相槌を打つ

 

それだけで
祖父の表情が少し和らぐことがある

 

その変化を
子どもの私は、なんとなく感じ取っていました

「そばにいるだけでも
意味があるのかもしれない」

今振り返ると、その感覚が
私の原点だったように思います

 

成長するにつれて
私ははっきりとした想いを
心の中に持つようになりました

「大人になったら
おじいちゃんのお世話ができる人になりたい」

それは
誰かに褒められたいとか
立派になりたいという夢ではありませんでした

 

ただ、困っている人の前で
どうしていいか分からず立ち尽くすだけではなく

そばに立って
少しでもより良く居られる存在になれたら。

その想いはいつの間にか
「家族が病気になった時
お世話ができる人になりたい」
という形に変わっていきました

看護師という仕事を選んだ理由を
当時の私は
うまく説明できなかったかもしれません

でも今想うと
それは祖父と過ごした時間の中で

 

私の中に育っていた
とても自然な選択だと感じます

誰かを治したい
救いたい
というよりも

「分からない状況の中でも
ひとりにしない人でいたい」

その気持ちが
ずっと私の中に流れていたのだと思います

 

この感覚は
看護師になってからも
患者として苦しんだ時間の中でも

 

そして今、占い師として活動している現在も
形を変えながら続いています

祖父と過ごしたあの時間は
決して派手な記憶ではありません

 

しかし私の人生のいちばん深いところで
今も静かに息づいている
とても大切な記憶です

 

  • 「ほしよみ堂」youtubeチャンネル
  • 占い師募集

占いのことなら|ほしよみ堂 > ブログ > 認知症の祖父と過ごした「子ども時代の記憶」