あぐり
知的財産を平気で盗もうとする輩にどう対処するか?
観る者の位に立つ――風地観五爻が示す、静かな自衛の智慧
職場において、知識や技術を持つ者が、必ずしも守られるとは限らない。
とりわけ専門職であればあるほど、積み上げてきたスキルは「見えにくい資産」であり、時に無遠慮な形で消費され、奪われる。
ある人はこう語る。
他部署の先輩から仕事の手順を教えてほしいと頼まれ、説明をしていたところ、何の断りもなく写真を撮られた。
止めたいが、相手は立場が強く、上司に気に入られている人物である。
過去には関係をこじらせたことで業務が滞った経験もある。
自分の築いてきた技術が、無償で切り取られていく感覚。
しかし、声を上げれば不利益が生じるかもしれない――。
この葛藤に対して、立てられた易は 易経 第20卦「風地観」五爻であった。
爻辞はこう述べる。
「観我生。君子无咎。」
――我が生を観る。君子は咎なし。
一見すると、内省を勧めるだけの静かな言葉に見える。
だが、この五爻は「観」の卦の中心であり、最も位が正しく、徳が整った場所である。
ここに示されているのは、弱者の忍耐ではない。
むしろ、自分の在り方を自分で引き受けている者の姿勢である。
風地観五爻が語る「観我生」とは、自分の感情を責めることでも、相手を断罪することでもない。
自分の知恵、時間、労力を、どのように扱う人間でありたいのか――
その一点を、静かに、しかし厳密に見つめよという命題である。
重要なのは、この卦が「戦え」とも「耐えよ」とも言っていないことだ。
君子とは、声を荒げない人でも、黙って差し出す人でもない。
境界を持ち、それを淡々と示せる人である。
例えば、無断での写真撮影に対しては、感情を交えず、こう伝えればよい。
「部署外の業務手順は撮影不可になっています。メモでしたら要点を整理します。」
これは拒絶ではなく、ルールの提示である。
また、すべてを教えないことは、意地でも冷酷でもない。
専門職において、判断基準や例外処理、思考の核心を守ることは、自衛であり責任である。
骨組みだけを渡し、肝心な部分は自分の中に留める。
それは、奪われないための成熟した距離感だ。
さらに、出来事を淡々と記録しておくこと。
戦うためではなく、自分の足場を失わないためにである。
風地観五爻は「上の位」を示す。
証拠を残せる者は、すでに感情の渦から一段高い場所に立っている。
この卦が最も戒めているのは、正義感に酔うことと、自己卑下に沈むことだ。
どちらも「観る」視点を失わせる。
風地観五爻の君子は、静かで、整っていて、奪われにくい。
なぜなら周囲が知っているからだ。
――この人から盗んでも、核心には届かない、と。
今は、表で勝たなくてよい。
自分の在り方を汚さず、技を安売りせず、境界を保つこと。
それこそが、この卦の示す「无咎」である。
静かな強さは、時間をかけて効いてくる。
そしてこの卦は、こう告げている。
すでにあなたは、観られる側ではなく、観る側の位に立っている。
境界を持つことは、冷たさではない。知を生きる者の、最低限の礼儀である。







