あぐり
都合よく病気を言い訳にする人に腹が立ちます…
雷は騒ぎ、月は満ちる――雷沢帰妹・五爻が教える「距離」の智慧
職場に、こういう人はいないだろうか。
都合のよい仕事があるときだけ元気になり、
責任や役割が巡ってくると、急に「体調が悪い」と言い出す人。
誰かの持ち場を奪うときは活力に満ち、
自分の番になると、そっと姿を消す。
理不尽だと感じるのは自然なことだ。
誠実に働く者ほど、こうした振る舞いに心を乱される。
怒り、嫌悪、そして言葉にできない「ムカムカ」。
だが、こうした感情の渦の中にいるときこそ、
古い智慧は静かに問いを投げかけてくる。
──あなたは、どこに立っているのか。
この問いに応える鍵として立ち現れるのが、
易経
第54卦「雷沢帰妹」、その五爻である。
正しさを誇らない、という選択
雷沢帰妹は、正統な秩序から外れた結びつきを象徴する卦だ。
本来あるべき筋道が乱れ、
ふさわしくない者が前に出ようとする状況。
その中で五爻は、特別な位置にある。
五爻とは、本来「中心」に座すべき者の位。
判断し、秩序を保ち、全体を見渡す役割を担う場所だ。
爻辞はこう語る。
帝乙、妹を嫁がす。
その君の袖は、娣(てい)の袖に如かず。
月、幾(ほと)んど望に近し。吉。
正妻の袖は、侍女の袖ほど華やかではない。
だが、それでよいのだという。
月はまだ満ちきらない。
それでも吉、と。
ここには、深い逆説がある。
本当に立場のある者は、装いを競わない。
一時の派手さや、声高な主張に身を委ねない。
怒りが生まれる理由
理不尽な人間を前にしたとき、
怒りが湧くのは「正しさ」を知っている証拠だ。
秩序が崩れることへの、本能的な拒否反応でもある。
しかし雷沢帰妹は、こうも告げている。
相手を裁こうとした瞬間、こちらが同じ卦に落ちると。
雷は激しく、騒がしい。
だがそれは一時の現象にすぎない。
沢はそれを受け止め、やがて静まる。
五爻に立つ者がなすべきは、
雷の騒ぎに同調することではない。
感情で応酬することでもない。
月が満ちるまで、待つという強さ
「月、幾んど望に近し」という言葉は、
今が決着の時ではないことを示している。
・正論で追い詰めない
・感情をぶつけない
・評価や処遇を、自分の手で決めようとしない
距離を取り、淡々と役割を果たす。
それは逃げではなく、位置を守る行為だ。
装いを競わず、声を荒げず、
ただ自分の立つ場所に留まる。
その姿勢そのものが、すでに「格」なのである。
静かな勝ちは、必ず訪れる
雷沢帰妹・五爻は、派手な逆転劇を約束しない。
だが、確かなことを示している。
誠実に働く者は、後から評価される。
ごまかしで生きる者は、いずれ居場所を失う。
雷は去り、
沢は静まり、
月は満ちる。
そのとき残るのは、
誰がどこに立っていたか、という事実だけだ。
今感じている苛立ちは、
まだ月が満ちきっていない合図。
だからこそ、袖を競わず、
静かに、自分の位置を守ればよい。
易は、騒がぬ者の背後に、
必ず時間が味方につくことを知っている。







