決めることが怖いとき、人は何を恐れているのか
「不安だから、決められない」
そう感じている人は多いと思います。
でも、よく話を聞いていくと、
不安が先にあるというより、
その前に、
はっきりしない怖さがあることが多い。
不安は原因ではなく、
あとから出てくる反応に近いものです。
人は、
何が怖いのか分からないときに、
一番不安になります。
たとえば、夜の道を歩いているとき。
足元に、細長いものが落ちている。
暗くて、よく見えない。
動くのかどうかも分からない。
「もしかしたら、ヘビかもしれない」
そう思った瞬間、
体が固まります。
でも近づいてみて、
それがただのロープだと分かったらどうでしょう。
踏みたくない気持ちは残っていても、
さっきほどの怖さはなくなっている。
危険が消えたからではありません。
何だったのかが分かったからです。
怖さというのは、
そのものよりも、
「正体が分からない状態」に強く出ます。
決めることが怖いときも、
これとよく似ています。
失敗するのが怖い。
嫌われるのが怖い。
傷つくのが怖い。
頭の中では、
それらしい理由がいくつも浮かびます。
でも実際には、
どれも本当の理由ではないことが多い。
本当に怖いのは、
決めたあとに何が起きるかよりも、
あいまいだった状態が、
はっきりしてしまうこと。
「まだ分からないままでいられる自分」
「相手次第にしていられる立場」
「どちらとも言わずにいられる位置」
そこから降りなければならなくなることが、
一番の怖さになっていることがあります。
もうひとつ、よくある例があります。
体の調子が悪い日が続くと、
人はだんだん不安になります。
原因が分からないままの時間が長くなるほど、
悪い想像がふくらんでいく。
でも病院で調べて、
「これは〇〇です」と名前がついたとき、
治るかどうかは別として、
不安の感じは変わります。
安心したわけではないけれど、
おびえる感じは弱くなる。
これも同じです。
怖さは、
消えることで小さくなるのではなく、
何なのか分かることで、
扱える大きさになります。
では、
その怖さはどうすれば分かるのか。
多くの場合、
自分ひとりで考えているだけでは、
なかなか見えてきません。
頭の中だけで考えていると、
「たぶんこれが怖いんだと思う」
という考えが、
何度も同じ形で浮かんできます。
確かめられていないから、
合っているかどうかも分からない。
そのまま時間がたつと、
中身ははっきりしないのに、
不安な気持ちだけが大きくなっていく。
一方で、
口に出して話してみると、
少し違うことが起きます。
話している途中で、
「あ、これは違うかもしれない」
と気づいたり、
相手の反応を聞いて、
「そこじゃないな」と感じたりする。
怖さが、
頭の中のもやもやから、
目の前に置けるものに変わる。
対話の役目は、
答えをもらうことではありません。
言葉にして、
怖さの形を確かめること。
形が分かれば、
まだ決めなくてもいい。
今すぐ動かなくてもいい。
ただ、分からないまま
抱え続ける必要はなくなる。
怖さが分かると、
不安は消えなくても、
これ以上ふくらみにくくなります。
決めることが怖いとき、
必要なのは、
無理に勇気を出すことでも、
早く答えを出すことでもありません。
「何が怖いのか」を、
ひとりで分かろうとしないこと。
それだけで、
立っている場所は、
少し変わります。
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