あぐり
へつらいの声に心を乱されぬために ― 地山謙 上爻に学ぶ
職場には、ときどきこんな人がいます。
いつもヘラヘラと笑い、周囲におべんちゃらを言い、相手の顔色を見ながら立ち回る人。
本人は「人当たりのよい人」のつもりかもしれません。
けれど、見ている側にとっては、どこか落ち着かない。
言葉が軽く、誠実さが感じられないため、心の奥に小さな違和感が残ります。
「どうしてあの人はああいう振る舞いをするのだろう」
「どう付き合えばよいのだろう」
そうしたご相談に対して、易を立てたところ、出てきた卦は
地山謙(ちざんけん) 上爻でした。
■謙とは何か
「謙」という字を見ると、私たちはつい
「遠慮すること」「自分を低くすること」
という意味を思い浮かべます。
しかし易経が語る「謙」は、もう少し深いものです。
地山謙の形は、
山が地の下に沈んでいる姿です。
山は本来高くそびえる存在です。
けれどその山が、大地の下に身を置いている。
これは、
本当に力のあるものほど、外では誇らない
という象徴です。
つまり謙とは、
「自分を小さく見せること」ではありません。
むしろ
内に確かな力を持ちながら、それを誇示しない姿
を意味します。
■媚びと謙は違う
ここで一つ、大切な区別があります。
謙
→ 内に実力があり、外では控える
媚び
→ 内は空で、外だけへつらう
一見似ているようで、この二つは全く別のものです。
いつもへつらい、軽い言葉を振りまきながら人の機嫌を取る人。
それは謙虚ではなく、ただの媚びです。
だからこそ、それを見た人の心には
どこか不快な感覚が生まれます。
人は本能的に、
本物の謙虚さと、空虚なへつらいを見分ける力を持っているからです。
■地山謙 上爻の意味
今回出ているのは「上爻」。
これは卦の最後の段階、いわば極点です。
易の言葉はこう語ります。
「鳴謙。利用行師征邑国。」
意味はこうです。
謙虚な徳は、自然と世に響く。
必要なときには、正す行動をとってよい。
ここで重要なのは、
謙とは「ただ黙って耐えること」ではない、という点です。
本当に徳のある人は、
必要なときには静かに秩序を正します。
怒りや感情ではなく、
落ち着いた態度で、場を整える力を持つのです。
■媚びる人への向き合い方
では、いつもへつらう同僚に対して、どうすればよいのでしょうか。
易が示しているのは、意外なほど静かな答えです。
無理に相手を変えようとしないこと。
無理に付き合おうとしないこと。
ただ
・必要なことだけ話す
・余計な雑談には乗らない
・淡々と仕事をする
これだけで十分です。
媚びる人というのは、
実はとても敏感です。
へつらいが効く相手には近づきますが、
効かない相手には自然と距離を取ります。
静かに構えていれば、
やがて関係は必要な範囲に収まっていくものです。
■山は語らず
地山謙という卦には、どこか美しい気配があります。
山は騒ぎません。
ただそこに在るだけです。
しかしその存在は、
遠くからでもはっきりと見える。
本当の徳というものは、
声を大きくしなくても伝わります。
だからこそ易は最後にこう言います。
鳴謙。
謙の徳は、
静かにしていても響く。
軽い言葉が飛び交う時代だからこそ、
大切なのは、声の大きさではありません。
山のように、
揺るがず立つこと。
その静けさこそが、
人の心に最も深く響く力なのかもしれません。







