自分を満たすことは、わがままではありません
自分を満たすことは、わがままではありません。
自分が食べたいものを選ぶ。
疲れたら休む。
会いたい人に会い、行きたい場所へ行く。
好きなことに時間やお金を使う。
その程度のことでも、「家族に申し訳ない」「私だけ楽しんではいけない」と感じる人がいます。
けれども、自分の望みを大切にすることと、他者を犠牲にして自分だけが得をすることは、同じではありません。
自分を満たすとは、誰かから奪うことではなく、自分の人生にも自分の居場所を用意することです。
「自分を大切にする」と「自分だけを優先する」は違います
わがままとは、自分の都合のために相手の気持ちや事情を無視し、無理に従わせることです。
一方、自分を満たすことは、自分の気持ちも相手の気持ちと同じように扱うことです。
たとえば、家族の希望を聞きながら、自分の食べたいものも伝える。
仕事の責任を果たしながら、休む時間も確保する。
相手を大切にしながら、自分が苦しいことにも気づく。
そこには、相手を押しのける意図はありません。
今まで数に入れてこなかった自分を、ようやく一人分として数えるだけです。
ところが、長い間周囲を優先してきた人ほど、それさえも身勝手に感じます。
自分を後回しにすることが普通になっているため、少し希望を口にしただけで、やりすぎたように思えてしまうのです。
我慢している自覚がないこともあります
「別に、私は何でもいいです」
「みんなが喜ぶなら、それで十分です」
「今さら自分のしたいことなんて、分かりません」
こうした言葉のすべてが我慢だとは限りません。本当にこだわりがなく、相手の喜びが自分の喜びになることもあります。
ただ、いつも同じ人だけが譲り続けているなら、少し立ち止まってもよいと思います。
頼まれていないのに先回りして引き受ける。
疲れていても元気なふりをする。
自分の予定を変更してまで、ほかの人の都合に合わせる。
それを続けるうちに、不機嫌になったり、誰かをうらやましく感じたり、何をしても楽しくなくなったりすることがあります。
それは性格が悪くなったのではありません。
自分の中にある「本当は私も大切にしてほしい」という思いが、別の形で現れているのかもしれません。
自分の望みは、大きな夢でなくてもいいのです
「何がしたいですか」と聞かれると、仕事や生き方を変えるほどの答えを探してしまう人がいます。
けれども、自分を満たすものは、必ずしも大きな夢ではありません。
今日は一人で静かに過ごしたい。
温かいものをゆっくり食べたい。
途中まで読んだ本を開きたい。
気を遣わずに話せる人と会いたい。
そんな小さな望みを一つずつ拾うところから、自分の感覚は戻ってきます。
何を望んでいるか分からないときは、「何が嫌なのか」「何をすると少し楽になるのか」から考えてもかまいません。
好きなものが見つからなくても、苦しくなるものから少し距離を取ることはできます。
自分が満たされると、他者を大切にする余白も戻ります
自分を満たしたら、好き勝手な人になってしまう。そう心配する人もいます。
けれども、普段から周囲を気にかけている人が、自分を大切にした途端、急に他者を思いやれなくなるとは考えにくいものです。
むしろ、自分を削り続けて余裕がなくなるほうが、誰かの言葉に過敏になったり、与えたものの見返りを求めたくなったりします。
自分にも休息や楽しみを与えられると、他者への優しさを義務ではなく、自分の意思で選びやすくなります。
占いで未来や運の流れを見るときも、何を得られるかだけでなく、その未来の中で自分がどう感じているかは大切です。
誰かに認められる人生と、自分が満たされる人生が、いつも同じとは限りません。
誰かを大切にする人生の中に、自分も含める。
それはわがままではなく、自分の人生を自分も生きるために必要なことだと思っています。
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「悩みがなくなれば幸せとは限らない」
兵主部久談(ひょうすべ・くだん)
ほしよみ堂所属、ほしよみ堂町田店に出演。
周易、陰陽師カード、数秘術、手相、ダウンジングなどを使って鑑定しています。
約15年間、人の心と向き合ってきた経験を生かし、相手の気持ちや未来だけでなく、無意識の思考や行動のパターンを読み解くことを得意としています。
人を優先することに慣れすぎて、自分の望みが分からなくなったときも、未来と心の両方を一緒に見ていきましょう。
出演日:火・水・木(18時まで)・金・土






