地球ってきっと監獄なんだよね
こんちわ。忍野叶眞です。
「しのびのとうま」って読みます。
一応、書いておきました。
それはそうと、
地球って、きっと監獄なんだよね。
地震もあるし噴火もあるし津波もくるし大雨も降るし
結構過酷な環境でもありとてもハードな監獄です。
私は昔から、なんとなくそんな気がしていたんです。
もし魂というものが本当にあるのだとしたら、
魂だって、この身体の中に閉じ込められていることになります。
そう考えると、
肉体だけじゃなく、
魂まで地球という場所に閉じ込められているのかもしれません。
やっぱり地球って、結構ハードな監獄ですよね。
子供の頃から、
「人間って、なんでこんなに大変なんだろう?」
と思うことばかりです。
生まれる場所も選べない。親も選べない。
自分の身体も選べない。時代だって選べない。
そのうえ、生きていれば、
学校に行ったり、仕事をしたり、
人間関係に悩んだり、恋愛したり、
お金のことで悩んだり、病気になったり、
最後には死んだりする。
よく考えたら、
結構すごい場所に閉じ込められてますよね。
しかも地球の外に出たら、
そのままでは生きていけない。
宇宙空間で肌を出して、
「ちょっと散歩してくるわ」なんてできません。
そう考えると、
人間って地球という空間から、
そう簡単には出られないんですよね。
だから私は、
「地球って監獄なんじゃないの?」
なんて、昔からぼんやり考えていました。
もちろん、
天国があって、その反対に地獄があって、
その中間に地球がある、
みたいな話をしたいわけではありません。
本当に地球が監獄だと言っているわけでもない。
ただ、
「人間は、いろんな制約の中に閉じ込められて生きている」
と考えてみると、
人生の見え方が少し変わるんじゃないかと思うんです。
そして最近、
いろんな人の話を聞いているうちに、
私はこの考えが少しずつ確信に変わってきました。
だって、世の中って、
何かの犠牲の上に成り立っているじゃないですか。
食物連鎖だってそうです。
生き物は、別の生き物を食べなければ生きていけない。
植物だって、太陽の光や水や土を使って生きている。
人間だって、誰かが作った食べ物を食べ、
誰かが作った家に住み、誰かが作った道路を使い、
誰かが働いて作ったものを使って生きている。
完全に一人だけで生きるなんて、ほとんど不可能です。
つまり、
人間は最初から「誰かと関わらないと生きられない世界」に入れられている。
それって、やっぱりちょっと監獄っぽくないですか?
でも、ここで面白いことがあります。
監獄だからといって、
監獄=最悪の場所とは限らないんですよね。
同じ場所に閉じ込められていたとしても、
その中でどう過ごすかは変えられる。
環境は皆で築いていくものだと思います。
刑務所みたいな本当の監獄とは違って、
地球には、
美味しいものもある。綺麗な景色もある。
恋愛もある。友達もいる。音楽もある。
お酒を飲んで笑うこともできる。
仕事を頑張って、欲しかったものを買うこともできる。
誰かに愛されることもできるし、誰かを愛することもできる。
そう考えると、
「閉じ込められているけど、意外とやりようはある」
とも思うんです。
宿命に縛られる必要ってあるんでしょうか?
だから私は、地球で生きるなら、
うまくエネルギーを回せばいいんじゃないかと思っています。
ここでいうエネルギーって、
別に怪しいものの話ではありません。
お金でもいい。時間でもいい。労力でもいい。
知識でもいい。愛情でもいい。
自分が持っているものを自分だけで抱え込まずに、
誰かに渡していく。
そして、
自分に足りないものは、誰かから受け取る。
そうやって、
人間同士で上手に回していけばいい。
例えば、
自分には料理ができる。でも、パソコンは苦手。
だったら、
料理が得意な自分が誰かに料理を作って、
パソコンが得意な人に仕事を手伝ってもらう。
自分にはお金があるけど時間がない人もいる。
逆に、
時間はあるけどお金がない人もいる。
人と話すのが得意な人もいれば、
黙々と作業するのが得意な人もいる。
人間って、
みんな違うから面白いんですよね。
だから、
全部を自分一人で持とうとしなくていい。
お互いに持っているものを使って、
足りないものを補い合えばいい。
変なルールを作って平等にする必要あるんだろうか。
それすら疑問です。
みんなを同じにすることと、
みんなが幸せに生きられることは、別の話なんじゃないでしょうか。
本来、力を合わせる事で結構なことができると思うんです。
不可能なんて、意外と少ないのかもしれません。
なのに人間は、
そこで余計なことを始める。
誰かと比べる。
「俺のほうが上だ」「私のほうがすごい」と意地を張る。
人より多く欲しくなる。人より偉くなりたくなる。
人を見下したくなる。誰かから奪おうとする。
誰かを蹴落とそうとする。
ズルをしてでも、自分だけ得をしようとする。
これをやり始めると、
一気に面倒くさくなるんですよね。
私は、
結局、欲張ることがいろんなものを狂わせるんじゃないか
と思っています。
別に欲を全部捨てろと言っているわけじゃありません。
美味しいものを食べたい。いい家に住みたい。
好きな人と一緒にいたい。お金も欲しい。
そういう簡単な欲は、
私は普通に満たせばいいと思っています。
むしろ、
人間なんだから欲があって当然です。
問題なのは、
自分の欲を満たすために、他人のものまで奪おうとすること。
ここからおかしくなる。
偉そうにする必要もない。
誰かに勝って、その人をバカにする必要もない。
無理やり奪う必要もないし、誰かを蹴落とす必要もない。
運命はいくらでも変えられるのに、
なんで人間ってこんなに性格悪いんでしょうね。
そんなことをしなくても、
人間同士で上手に力を合わせれば、結構いろんなことができるんです。
私は、
「調和」ってそういうことなんじゃないかなと思っています。
団結とは少し違います。
みんな同じ考えになれ、ということでもない。
意見が違ってもいいし、価値観が違ってもいい。
好きなものが違ってもいい。
ただ、
相手を無理やり押さえつけなくても一緒に生きられる。
それが調和なんじゃないでしょうか。
日本には、
「和を以て貴しと為す」
という有名な言葉があります。
聖徳太子の十七条憲法の冒頭に出てくる言葉ですね。
私は、
こういう考え方が日本人の中に長く残ってきたことには、
それなりの意味があるんじゃないかと思っています。
もちろん、
日本人がみんな調和できているなんて、そんな綺麗な話ではありません。
人間ですから、ケンカもする。嫉妬もする。
意地も張る。欲も出る。
争いを続けてきた歴史でしかありませんしね。
それでも、
「争うより、まず和を考えよう」
という考え方が残っていること自体は、
結構面白いことだと思うんです。
小学生で学んだことです。
それにお金持ちになれば、
全部の悩みから解放されるわけでもないですよね。
お金があれば、できることが増えるのは間違いないことです。
私はお金が悪だとは一ミリも思いません。
お金はエネルギーの一つだと思っています。
でも、
お金持ちになったからといって、
人間関係の悩みが全部なくなるわけじゃない。
恋愛の悩みがなくなるわけでもない。
病気にならなくなるわけでもない。
そして何より、
どれだけお金を持っていても、地球から出られません。
プライベートジェットを持っていても、
宇宙服なしで宇宙空間を飛べるわけじゃない。
結局、
地球のルールの中で生きるしかない。
だったら、
この地球という場所で、皆でどうやったら少しでも気持ちよく生きられるのか。
私は、そこを考えたほうがいいと思うんです。
地球でうまく生きるコツは、案外シンプルなのかもしれません。
答えは周りと調和すること。
それができるようになると、人って少しずつ成長していくと思うんです。
自分一人で全部やらなくていい。
誰かを頼ってもいい。
自分も誰かを助ければいい。
そうすると、
「自分は一人で何とかしなきゃ」
という余計な力が抜けてくる。
そもそも自信って、
自分で「俺はすごい」って思い込んで作るものじゃない。
周りが安心をくれるから、自信はあとから勝手についてくる。
私は、自信は人から与えてもらうものだと思っています。
この監獄には、
80億人近くの人間が共存しています。
だから、本当は一人ぼっちじゃない。
なのに、
自分から壁を作って、
「誰も分かってくれない」と一人で苦しんでしまう。
これも、
もったいない話ですよね。
もちろん、
誰とでも仲良くしろと言っているわけではありません。
合わない人もいますし、離れたほうがいい人もいる。
逃げたほうがいい場所だってある。
それも含めて、
自分にとって必要な人と、必要な距離感で関わればいい。
そして、
人間にとって一番大きな足枷の一つが、
私は「宿命」なんじゃないかと思っています。
人間は、自分で選んで生まれてきたわけではありません。
少なくとも、
自分で親を選んで、自分で時代を選んで、
自分で生まれる場所を決めて、
「じゃあ、この人生でお願いします」
と契約して生まれてきたわけではないですよね。
それなのに、
生まれた瞬間からそれぞれに違う条件を与えられている。
身体も違う。環境も違う。才能も違う。
家庭環境も違う。性格だって違う。
これを私は、
人間に最初から与えられている
「宿命」という足枷
として考えることがあります。
だから、
人生にはどうしても、
自分ではどうにもならないことがあります。
それは仕方がない。
でも、
だからといって、
全部が決まっているわけでもない。
その与えられた条件の中で、
どう生きるのかは、ある程度、
自分で変えられると私は思っています。
だからこそ、
欲に対して無駄に争ったり、
ズルをしたり、誰かから奪ったりしなければ、
苦しみだって、少しずつ形を変えられるんじゃないでしょうか。
逆に、誰かを助けたり、誰かに何かを与えたり、
一緒に喜んだりできれば、同じ人生でも喜びはもっと大きくなる。
私はそう信じています。
もちろん、こんなことを言っても、
「そんな簡単な話じゃないよ」と思う人もいるでしょう。
その通りです。
人生は、そんなに簡単じゃありません。
私だって、
いつでも上手に生きられているわけじゃない。
人間ですから、ドジだし、
腹が立つこともあるし、嫉妬することもある。
欲張ることもあれば、失敗することもある。
それでも、
「どうせここから出られないんだったら、少しでも住みやすい場所にしようよ」
くらいに考えてもいいんじゃないでしょうか。
みんなが少しずつ、
自分の持っているものを回して、
困っている人に手を差し出して、
必要以上に奪わず、必要以上に争わない。
そんな世の中に変わることができれば、
この地球という名の監獄だって、
案外悪くない場所になるかもしれません。
この考えは、
共産主義でも資本主義でもありません。
……でも、
私も頭良くないから、
なんていう主義なのかよく分かってません。
言語化って難しいですね。
ただ、
地球という監獄の中で、みんなでエネルギーを回して生きていけばいい。
LOVE&PEACEの精神がもっと浸透するといいなって思います。
にんにん