人間の目指す強さって、固さではなくしなやかさ
しのびのです。どうもです。
人間の目指す強さって、
「固さ」ではなく
「しなやかさ」なんじゃないでしょうか。
以前、接骨院の先生が
身体について、こんな話をしていました。
筋肉を鍛えることは
身体にとってもちろん大切。
でも、鍛えた身体を
ただ硬くすればいいわけではないそうです。
身体は、硬い棒のように使うより
鞭のようにしなやかに使える状態がいい。
身体をしっかり支える強さを持ちながら、
いろいろな方向に動かせる。
一部分だけを固めるのではなく、
身体全体を連動させて
鞭のように力を伝えていく。
そういう身体のほうが
本来持っている力を発揮できる。
ずっと同じ姿勢で固まっていれば
筋肉がこわばって動きが悪くなったり
血流が滞りやすくなったりする。
だから筋肉を鍛えるだけじゃなく
ちゃんと動かしておくことも
大切なんだそうです。
これって、心にも
通じる話だと思います。
心だって
強くならなきゃいけない。
簡単に折れちゃいけない。
何があっても耐えなきゃいけない。
そう思うことはあるでしょう。
もちろん
それ自体が悪いわけではありません。
努力することも必要です。
自分を鍛えることも必要です。
信念を持つことも大切です。
だけど、折れたら終わりです。
人生は一度しかないのに
折れたら終わりって
なんだか無常ですよね。
強くなろうとするあまり
心まで固めてしまうと
逆に弱くなることがある。
「こうしなければならない」
「絶対に負けたくない」
「自分のやり方を変えたくない」
そんなふうに、心を固めてしまう。
特に厄介なのが
プライドです。
プライドを持つことは
決して悪いことではありません。
でも、
プライドを守ることが
目的になってしまったらどうでしょう。
人の話が聞き入れられなくなり
自分の間違いを認められない。
謝れない。
負けを認められない。
一度決めたことを変えられない。
人に助けを求められない。
それって、本当に強い状態なんでしょうか。
時には、
「自分が間違っていました」
と言ってもいい。
「これは無理でした」
と認めてもいい。
一度引いてもいい。
やり方を変えてもいい。
誰かに頭を下げてもいい。
自分の価値がなくなるわけではありません。
むしろ
必要な時に
自分の形を変えられること。
それが
しなやかさなんじゃないでしょうか。
身体だって
ずっと同じ姿勢で固まっているより
いろいろな方向に動けるほうがいい。
心だって、
ずっと同じ考え方に固まっているより
状況に合わせて動けるほうがいい。
頑張る時は頑張る。
休む時は休む。
進む時は進む。
一度引く時は引く。
間違えたら認める。
ダメならやり方を変える。
環境が変わったら
自分のやり方も変えてみる。
そうやって
強さを持ったまま
しなやかに動けること。
僕は、それが人間にとって
本当の強さなんじゃないかと思っています。
だから僕は、
強くなろうとすることと、固くなることを
混同しないほうがいいと思っています。
何かにこだわりすぎて動けなくなった時は、
一度立ち止まって、自分の状態を見てみる。
占いを使って、
「自分はこういう人間だから」
「こうしなければならない」
と自分を決めつける必要なんてありません。
むしろ、
今はどういう状態なのか。
今は進む時なのか。
少し休む時なのか。
やり方を変える時なのか。
そうやって自分を客観的に見ながら
その時に合った動き方を考える。
占いは
自分の思考を固めるためのものではなく
自分をもっと自由に動かすために
使うものなんじゃないでしょうか。
信念は持っていい。
プライドも持っていい。
自分を鍛えることも大切。
それらを絶対に
動かせないものにしてしまわない。
中身は強く。
動きはしなやかに。
硬い棒のように
何があっても動じない人間ではなく
鞭のようにしなやかに動きながら
必要な時には
大きな力を出せる人間。
そんな強さを
僕は目指していきたいと思っています。
にんにん