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忍野叶眞

スピリチュアルは、自分に与えられた人生からの逃げではないのか?

スピリチュアルの世界を覗くと、
「宇宙があなたを導いている」
「魂がこの人生を選んだ」
「次元上昇」
「波動が高い」
そんな言葉を耳にすることがあります。

スピリチュアル(spiritual)という言葉は、
英語で「精神的な」「霊的な」という意味です。
精神や魂、物質的なものを超えた領域に関係する言葉であり、
人生の意味を考えたり、自分自身の内面を見つめ直したりすることも、
広い意味では精神的な探求といえます。
たとえば、次のような考え方が含まれます。
 ・魂や精神:人間の内面や、生きる意味について考えること。
 ・人生の意味:自分は何のために生きているのかを考えること。
 ・目に見えない領域:魂や霊的な存在など、物質的な現象だけでは説明できないと考えられているもの。
 ・精神的な成長:自分自身を理解し、生き方を見つめ直すこと。
ただし、スピリチュアルという言葉自体に、
特定の思想や信仰が決められているわけではありません。

でも、日本では、
スピリチュアルという言葉が、英単語辞典に記載されている意味から離れ、
特別な思想や考え方を指す言葉として使われています。
 ・宇宙には人間を導く意志がある。
 ・魂は生まれる前に人生を選んでいる。
 ・波動の高低によって人間の状態が変わる。
 ・人生で起きる出来事には、魂の成長のための意味がある。
 ・目に見えない存在からメッセージを受け取ることができる。
こうした考え方も、一般的にスピリチュアルと呼ばれる。
ただし、これらはすべて同じ思想ではないし、
科学的に確かめられている事実とも限りません。
「精神や魂について考えること」と
「目に見えない力が実際に存在すると主張すること」は、
分けて考える必要があると思います。

私自身、占いを仕事にしていますし、
スピリチュアルな考え方そのものを否定するつもりはありません。
そもそも、地球で暮らしている私たちも宇宙の一部です。
私たちが宇宙の一部であることは
特別なことではありません。科学的な事実です。
占星術も、地球から見た星々の動きをもとに、
人間の人生について考え、解釈するものです。
ただし、星々の動きが科学的に観測できることと、
星の配置から人間の人生を読み解けることは、別の話です。

私が違和感を持っているのは、スピリチュアルの思考そのものではありません。

例えば、自分の人生について考えたとします。
「自分は何のために生きているのか」
「苦しい経験から何を学べるのか」
「どんな人間になりたいのか」
このような問いを考えることも、広い意味では精神的な探求といえる。
一方で、
「仕事がうまくいかないのは、宇宙が転職を促しているからだ」
「人間関係がうまくいかないのは、自分の波動が上がったからだ」
と解釈する場合には、別の問題が生じます。
前者は、自分の人生を理解するための問いかけ。
後者は、目に見えない力や現象について、特定の解釈を与えている。
もちろん、後者のような解釈を個人的に信じること自体は自由です。
ただし、信じていることと、実際にそうであることは同じではない。
また、スピリチュアルな解釈をしたからといって、
現実の問題が解決するとは限りません。

目に見えない力の存在を信じることだけで、
現実の問題まで解決できると信じ込まないことです。

自分は波動が高く、精神的にも優れた人間だと思い込む。
自分に都合のいい解釈を重ね、現実の問題を直視せず、
行動を変える機会まで失ってしまう。
自分の中で精神的に成長したと思い込んでいても、
現実の世界が何も変わっていないのであれば、
いったい何のための精神的な探求なのでしょうか。

例えば、自分の波動が上がったから周囲と合わなくなった、
魂のステージが違うから理解されない、
宇宙が導いているから今の苦境にも意味がある。
こんな解釈によって気持ちが楽になることはあるかもしれません。
しかし、仕事がうまくいかない原因を考えたり、
人間関係における自分の言動を振り返ったり、
生活を立て直すために行動したりする必要までなくなるわけではありません。
自分にとって都合のいい説明を見つけることと、
現実の問題を解決することは違います。

ところが、スピリチュアルな世界には、
目に見えない力を使って人間や人生に変化をもたらせると主張する人たちもいます。
手をかざしてエネルギーを送る。波動を伝授する。高次元の存在とつながる。
なかには、エネルギーの伝授と称して、何百万円もの金額を要求する人までいます。
しかも、Zoomを使って遠隔で伝授出来るというのです。
一体、何をどうやって送っているのでしょうか。不気味です。

そこで登場するのが、量子力学です。
量子力学という言葉を持ち出せば、
目に見えないエネルギーを遠隔で送れることまで説明できるのでしょうか。
量子力学は物理学の一分野です。
専門用語を使っただけで、
主張に科学的な根拠が生まれるわけではありません。
この言葉が出てきちゃったら致命傷です。相当重症です。
相当現実の厳しさから逃げ回ってきた証拠になりえます。
量子力学で扱われる現象と、
スピリチュアルの世界で語られる波動やエネルギーが、
同じものだという保証も証明もありません。
学校で真面目に数学や物理を学んでこなかった人に限って
難しい専門用語を悪用して賢くなった気分で説明してきます。
因数分解の仕方忘れてる奴が何言ってんの?って聞いてる側はなっているのに
昔からそんなこともわからないの?っていっぱい言われてきたんでしょうね。
なんだか得意げに「量子力学」という難解な言葉を振り回して、
賢くなった気分に酔いしれている様に感じるんですけれど
正直完全に火傷しています。

科学的な説明を持ち出すのであれば、本来具体的にどの理論が、
どのような仕組みを説明しているのか、根拠を示すことができます。
「海外の大学教授が言っている」という説明も一緒です。
誰が言ったのか。何を言ったのか。発言の原文には何が書かれているのか。
専門家の肩書きだけでなく、主張の中身を確かめる必要があります。
難しい専門用語を並べることと、専門的な知識を持っていることは違います。
ましてや、科学的な根拠を示すことと、
科学の権威を借りて自分の信念を正当化することは、まったく別の話です。
論点がブレまくっているのに、気づきもしない。
そんな説明で、どう納得しろというのでしょうか?

手をかざしてエネルギーを出せるというのなら、
波動拳でも出してみてください。かめはめ波でも構いません。
そこまでやる人逆に見たことないですよね。
頭の中で成立していることと、現実に成立していることは違います。
現実と向き合えば、克服できることも成長できることもあるのに、
もったいないです。拗らせまくってる事が透けて見えてくるんです。

そもそも、なぜ人はそこまでスピリチュアルに惹かれるのでしょうか。
幸せになりたい。人生を変えたい。苦しみから解放されたい。
そんな願いが出発点になっているのでしょう。
自分の人生に意味を見いだしたい。苦しい経験を乗り越えたい。今よりも成長したい。
そう考えること自体は、何もおかしなことではないのだけど、
幸せを求めるあまり、厳しい現実からどんどん離れていくのです。

量子力学を気に入ったのなら数学からやり直せよって話になるし、
誰もが簡単に理解できるような学問ではないのだから、
その難しさも含めて向き合ってほしいものです。

自分にとって心地よい説明を見つけても、
目の前の問題が解決するわけではありません。
むしろ抱えてる問題は量子力学の方が難しい気もします。
わからないことがあるなら、今から勉強すればいい。
現実を変えたいなら、現実に働きかければいい。
意外とシンプルなはずです。

自分の波動が上がったから、周囲と合わなくなった。
魂のステージが違うから、周囲には理解されない。
宇宙が自分を導いているから、今の苦境にも特別な意味がある。
個人的な解釈として信じることは自由です。
しかし、自分にとって都合のいい解釈を与えることで、
現実の問題を考えることまでやめてしまったら、何が残るのでしょうか。
頓珍漢も程々にしていかないと見苦しいです。

挙げ句の果てには、
そこら辺に転がっている石ころを砕いた砂を高額で買い、
水に混ぜて水筒に入れ、毎日何リットルも飲んでいたりします。
健康のため、若さを保ち、美しく過ごすためだと信じて、
率先して楽しんでいるわけです。
成分や安全性を確かめたうえで飲んでいるのかもわかりません。
また、ちょっと優しく話を聞いてくれそうな人に石ころを売り、
一緒にお金を稼ごうと布教活動に勤しみ出したりします。
問題なのは、そんな生き方です。

自分は成長していると思っているのに、行動は何も変わっていない。
自分は真理を知っていると思っているのに、
受け売りのつぎはぎを並べるばかりで、根拠を確かめようとしない。
自分は周囲より精神的に優れていると思っているのに、
自分自身を客観的に振り返ることができない。
精神的な成長とは、一体何なのでしょうか。

履き違えちゃって拗らせてますよね。

自分を高次元の存在だと思い込むことと、
人間として成長することは全くの別物です。
自分は特別な人間だと信じることと、
実際に自分の未熟さを克服することも違います。
自分の人生に意味を見いだすことと、
起きた出来事に都合のいい意味を与えて納得することも違います。
自分にとって耳の痛い話をする人を、波動が低いという理由で遠ざける。
自分の失敗を認める代わりに、宇宙から与えられた試練だと解釈する。
自分の判断を疑う代わりに、目に見えない存在から導かれていると考える。
そんな生き方を続けていたら、自分を成長させる機会まで失ってしまいます。

何より厄介なのは、自分自身をごまかしている人ほど、
ごまかしている自覚を持ちにくいことです。
自分は目覚めている。自分は成長している。自分は真理を理解している。
自分の人生からかけ離れたものを信じているからこそ、
自分の考えを疑う必要がなくなってしまう。
神から選ばれた存在だというけれど、
なぜ自分が選ばれたとわかるのでしょうか。
「感覚的なものだから。。。」なんて言って
自分に都合のいい解釈をしているだけではありませんか。

幸せになりたいのであれば、
人生を直向きに生きるしかありません。
目に見えない世界を探究することも、
精神的な成長を求めることも、
現実と向き合う姿勢を失ってしまえば、ただのパラレルワールドです。
自分は本当に成長しているのか。
自分の考えには根拠があるのか。
現実の問題から逃げるために、都合のいい説明を探していないか。
まずは、振り返って自分自身に問いかけてみてください。

現実が苦しいからといって、
都合のいい解釈ばかりを重ねていたら行き着く先は絶望です。
向き合わなければならない問題から目を逸らし、
自分にとって心地よい世界に逃げ続ける。現実を直視する機会を失い、
問題を解決するための行動も起こせなくなる。
逃げれば逃げるほど、現実との距離は開いていきます。
やがて、現実に戻ろうとしても、何から手をつければいいのかわからなくなる。
自分の問題を解決する力も、現実を受け止める力も、少しずつ失われていく。
幸せになるために始めたはずなのに、
気づけば自分の人生から遠ざかり、
逃げ続けて行き場を失ってしまうことになります。
これでは元も子もありません。

自分を救うために信じていたものが、
いつの間にか自分の人生を生きる妨げになってしまう。
スピリチュアルを使って自分を偽り、現実から逃げるのは、もうやめませんか。
見てるだけでも痛々しくて滑稽です。

自分自身と向き合うのは、確かに簡単なことではありません。
自分の未熟さを認めるのは苦しいですし、
自分の問題点を自分ひとりで見つけるのも難しいものです。

だからこそ、占いを使ってほしいのです。

占いは、人生の可能性を考えるための一つの手段です。
自分では気づかなかった一面に気づいたり、
今までとは違う視点から物事を考えたりするきっかけにもなります。
そして、占いを通して得た気づきを、実際の人生にどう活かすのか。
最終的には、自分自身で考え、選んでいくことが大切です。

私は、占いによって相談者を自分に依存させたいわけではありません。
占い師の言葉を絶対的な正解として受け入れてほしいわけでもありません。
自分の現在地を知り、自分の可能性を考え、自分がどう生きたいのかを見つめ直す。
占いを、そんな機会として活用してほしいと考えています。

そして、この想いを持ってほしよみ堂を創ったのが、中島多加仁先生です。
だから私は、ほしよみ堂に所属することを決めました。

スピリチュアルは、
自分を特別な存在に仕立て上げることではありません。
自分の未熟さを隠すためのものでもありません。
自分がこの世界の中で、どう生きていくのかを考えるためにあります。

自分の人生から逃げるために、難解な言葉を並べる必要はありません。
自分の未熟さを認めたくないからといって、
他人を自分より低い存在にする必要もありません。
本当に成長したいのであれば、まずは自分自身を誤魔化さず、
現実の自分と向き合うことから始めればいいだけです。

自分自身とどう向き合えばいいのかわからないのなら、
占いを使ってみてください。
私は、地に足のついた誠実な鑑定を心がけています。

にんにん
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