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あぐり

利益の祭壇に捧げられるもの 〜魂を売らずに生きるために〜

資本主義社会は、あらゆるものを商品へと変えていく。
土地も、時間も、知識も、感情も、美しさも、やがては人間の生そのものまでも。

人間は直接売られるのではない。
けれど、その労働力は市場に差し出される。
働く力、考える力、耐える力、笑顔で応じる力までもが、賃金と引き換えに消費されていく。

そのとき人間は、ひとりの魂ある存在ではなく、利益を生むための「労働力商品」として扱われる。

そして、その社会にふさわしい教育がつくられる。
深く考えるための教育ではない。
善く生きるための教育でもない。
未来の世代へ何を手渡すかを問う教育でもない。

求められるのは、効率よく働き、競争に耐え、組織に適応し、短期的な成果を出す人間である。
学びは、真理への憧れではなく、市場価値を高めるための手段となる。
文学も哲学も芸術も、「何の役に立つのか」と問われる。
すぐに利益を生まないものは、無駄として退けられる。

しかし、人間を人間たらしめるものの多くは、すぐには役に立たない。

祈り。
沈黙。
思索。
美への感動。
死者への敬意。
自然への畏れ。
弱き者へのまなざし。
未来への責任。

これらは数字にはならない。
けれど、これらを失ったとき、人間はただ生産し、消費される存在になってしまう。

短期利益のための教育は、人間から長い時間の感覚を奪う。
今月の成果、今年の売上、目先の評価。
その短い物差しで世界を測るようになる。

けれど、森は一日では育たない。
文化は一代では実らない。
人格は効率では磨かれない。
信頼は計算だけでは築かれない。

人類が未来へ向かって発展していくために必要なのは、ただ利益を生む人間ではない。
長い時間を見つめる人間である。
すぐには役に立たないものの価値を守れる人間である。
他者の痛みに立ち止まり、未来の世代に恥じない選択をしようとする人間である。

経済は本来、人間の生活を支えるためにある。
人間が経済のために消費されてはならない。

人間は、利益のために生まれてきたのではない。
人間は、世界を受け継ぎ、問い、愛し、次の世代へ手渡すために生まれてきたのである。

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