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茶灯ぼたん

期待された男の子ではなかった私が、占い師になるまで NO.3

三女の私が抱えていたもの 〜次女編〜

2歳差の次女は、幼い頃から成長がゆっくりだったそうです。
そのためか、長女や私と比べられることも多かったようでした。
今思えば、そのことが次女の心に大きな影響を与えていたのかもしれません。

 



次女はよく、こんなことを言っていました。
「ボタンが3つあったら、真ん中がなくても困らないでしょう。私はそれと同じ。要らない子なんだ。」
幼かった私は、その言葉の重さを理解していませんでした。
けれど今振り返ると、次女なりの寂しさや悲しさが込められていたように思います。

 



そんな思いがあったからなのか、次女は両親を名前やニックネームで呼んでいました。
特に母とはよく衝突し、大げんかになることも少なくありませんでした。
私はそんな二人のやり取りを見ながら育ちました。
そして、いつの間にかこう考えるようになっていました。
「私は親に迷惑をかけてはいけない。」
「私まで困らせたらいけない。」
母を悩ませる次女の姿を見るたびに、その思いは強くなっていきました。 

さらに、
「長女は県外へ行った。」
「次女も家を継ぐタイプではなさそう。」
そんなふうに感じていた私は、
「もしかしたら私が家を見ていくことになるのかもしれない。」
と考えるようになっていました。
誰かに言われたわけではありません。
けれど三女の私は、少しずつ『家を守る役割』を自分に課していったのです。

 



当時の私は、次女のことを自由な人だと思っていました。
自分の思ったことを口にして、親にも遠慮なくぶつかる。
私にはできないことばかりでした。
けれど大人になってからも、次女は時々あの「ボタン」の話をしていました。
その姿を見るたびに思います。
次女もまた、自分の居場所を探しながら生きていたのだと。
姉妹それぞれに、言葉にならない寂しさや葛藤があったのかもしれません。

 



次女は高校卒業後、病院に住み込みで看護学校へ進学し、その後看護師になりました。
それぞれが違う道を歩み始める中で、私の中の「家を守らなければ」という思いは、さらに大きくなっていったのです。

 

次回は、
三女の私が抱えていたもの
〜三女編〜
について書こうと思います。

 

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