星 叶夢
星 叶夢(ほし かなむ)
ほしよみ堂大阪梅田店所属
睡眠3時間でも、へっちゃら大丈夫だったのに
私は、睡眠不足が駄目な人です。なのに、3時間の日々を
「母は強し。」
そんな言葉を、本気で信じて過ごしていました。
「私は大丈夫。」
そう思っていたのです。
夫は仕事のため、毎朝5時に家を出ます。
特大のご飯とスープもはいるランチジャー型の弁当と水筒を持って仕事へ
休みは、日曜日のみ
私は、料理が得意です。
だから、お弁当作りは苦にはなりませんでした。
母乳と布オムツで育てました。
実家には二週間ほど帰りましたが、自宅へ戻ると、すぐ義母の洋裁店を手伝い始めたのです。
乳母車を押して店番をし、
沐浴も私。
義母は見守るだけ。
お客様が来た時や、夫が帰宅した時だけ娘を抱いてくれました。
意地悪ではありません。
裏表があっただけ(笑)
でも、
「自分でできるでしょう。」
そんな空気を感じていました。
義母は、夫を出産した当時、お針子さんと、妹に赤ん坊の世話をさせて、バリバリ仕事をしていたそうです。
赤ちゃんは、苦手だったのかもしれません。
最初の子だったので、育児日誌も毎日つけていました。
娘は夜泣きもほとんどなく、
生活リズムも新生児なのに、昼間はほぼ起きていて21時には寝る育てやすい子でした。
ただ、一つだけ困ったことがありした。
哺乳瓶を拒否して飲んでくれないのです。
授乳指導を受けていなかった私は、
乳首が切れて涙することもありました。
それでも、幸せな毎日で
愛犬も良いお姉さんぶりでした。
育児雑誌を読み、
クラシックを聴かせ、
本を読んで聞かせる。
声色を変えながら、一人芝居をしていたこともあります。
娘に読んでいるというより、
私自身が楽しんでいたのかもしれません。
育児法の成功?
娘は成長が早く、
十か月になる頃には、つかまり立ちもできるようになりました。
「もうすぐ歩くかも。」
そんなことを考えていた頃です。
ようやく私は、
自分の身体の異変に気付き始めます。
あの頃の私は、
「私は大丈夫。」
本気で、そう信じていたのです。






