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あぐり

「いいね」という地獄から、魂を取り戻す

自信がないとき、人はその欠落を埋めるために、他人からの評価を求めます。

SNSの「いいね」やフォロワー数も、その一つです。

多くの人に認められれば、自分には価値があるように感じられる。
反応がなければ、自分の存在そのものを否定されたような気持ちになる。

評価されれば舞い上がり、評価されなければ深く沈む。

その振幅を繰り返しているうちに、本来は自信をつけるために始めたはずの発信が、かえって自信を失わせるものへと変わっていきます。

もっと投稿しなければ。
もっと人の目を引かなければ。
もっと役に立つことを言わなければ。
もっと魅力的な人間にならなければ。

そうして不安と焦燥に追い立てられるまま行動し続け、ついには、自分が何を伝えたかったのか、何のために発信していたのかさえ、わからなくなってしまうのです。

問題は、SNSそのものではありません。

自分の価値を、自分の外側に預けてしまったことです。

数字が増えれば自分を肯定し、数字が減れば自分を否定する。
他人の反応によって、その日の気分だけではなく、自分の存在価値までも決めてしまう。

それは、自分の魂の主導権を、見知らぬ誰かの指先に明け渡しているようなものです。

この無限地獄から脱出するためには、もう一度、自分の内側へ帰るしかありません。

投稿に「いいね」がつかなかったとき、何を感じたのか。

悲しかった。
恥ずかしかった。
無視されたように感じた。
自分には魅力がないと思った。
誰かが成功している姿を見て、悔しかった。
本当は褒めてほしかった。
認められたかった。
ここにいてもよいのだと、誰かに証明してほしかった。

そうした感情を、正しい、間違っていると裁くのではなく、一つひとつ味わっていくのです。

「そんなことで落ち込む自分は未熟だ」と責める必要はありません。

湧き上がった感情には、必ず理由があります。

今の出来事だけではなく、かつて誰にも認めてもらえなかった記憶や、愛されるために期待へ応え続けた過去が、数字をきっかけに呼び起こされているのかもしれません。

内面を見つめるとは、自分を反省させることではありません。

自分の中で長い間、声を奪われてきた存在に、もう一度、語る場所を与えることです。

しかし、それは決して楽な作業ではありません。

心の奥へ降りていけば、できれば見たくなかった感情に出会います。

嫉妬。
憎しみ。
虚栄心。
承認への渇き。
見捨てられることへの恐怖。
誰かより優れていたいという欲望。

美しい言葉だけでは包みきれない、暗く、醜く、恐ろしいものが現れることもあります。

それはまるで、悪魔と対話するような旅です。

だからこそ、時には伴奏してくれる人が必要になります。

答えを与える人ではありません。
感情を否定せず、急いで光の方向へ連れ戻そうともせず、暗闇の中にともに立ってくれる人です。

地獄めぐりの旅に、自ら進んで出たいと思う人はほとんどいないでしょう。

それでも、なぜか苦しい内面の旅に心惹かれる時期があります。

これまでの生き方では、もう先へ進めないと感じるとき。
表面的な成功や評価では、心が満たされなくなったとき。
自分の中にある何かが、偽りの人生を終わらせようとしているとき。

それは、魂が再生を求めている徴なのかもしれません。

また、自分が抱えている恐れや欠乏感は、自分一人の人生だけで生まれたものとは限りません。

家族の中で繰り返されてきた価値観。
認められるために我慢してきた親の生き方。
失敗を恐れ、世間の目を気にし続けてきた家系の記憶。

そうしたものが、形を変えながら、世代を越えて受け継がれていることもあります。

もちろん、すべてを先祖や過去のせいにする必要はありません。

ただ、自分の苦しみを「自分が弱いから」と片づけず、長い時間の流れの中で見つめ直すことで、初めてほどけていくものがあります。

怪物と闘う者は、自分自身も怪物にならないよう気をつけなければならない、といわれます。

内面の闇を見つめ続けるとき、その闇に飲み込まれてしまう危険もあります。

だから、感情を見つめることは、感情に支配されることとは違います。

嫉妬を感じても、嫉妬そのものになる必要はありません。
憎しみを認めても、誰かを傷つける必要はありません。
承認されたい自分を知っても、その欲望の奴隷になる必要はありません。

「私の中には、こうした感情がある」

そう静かに認めることで、怪物と自分との間に、わずかな距離が生まれます。

見ないふりをしても、怪物は消えません。

むしろ暗闇の中で姿を大きくし、知らないうちに私たちの言葉や選択を支配します。

この世に生まれた以上、いつか私たちは、自分の中の怪物と出会うことになるのでしょう。

けれど、その出会いは破滅のためにあるのではありません。

怪物の奥には、長い間傷つき、見捨てられ、誰かに愛してほしいと願い続けてきた自分がいます。

本当に救うべきなのは、その存在です。

SNSの反応がなくても、自分の価値は失われない。
誰にも褒められなくても、自分が感じたことには意味がある。
誰にも見つけてもらえない日にも、自分は確かにここにいる。

そう思えるようになるまでには、時間がかかります。

しかし、自信とは、常に自分を素晴らしいと思えることではありません。

不安になっても、嫉妬しても、誰かに認めてほしいと願っても、そんな自分を見捨てずにいられること。

それこそが、外側の数字には奪うことのできない、本当の自信なのです。

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